菅野彰

菅野彰の日記です

「ろくでなしとひとでなしとその息子の二年後」「ろくでなしとひとでなしとその息子の九年後」/「Char@」に掲載

 2003年に発行された「野蛮人との恋愛3 ろくでなしとの恋愛」の後日談になる、「ろくでなしとひとでなしとその息子の二年後」と「ろくでなしとひとでなしとその息子の九年後」が「Char@ vol.27」と「Char@ vol.28」に掲載されます。電子配信オンリーです。本編がもう電子しかないから電子なの。チャレンジ電子! お願いよ。
 青文字部分は全てリンクが貼ってありますので、よかったら飛んでみてください。

 このシリーズを全く知らない方にまずご説明。
 大丈夫だ。二年後から読んでも大丈夫だ。文庫を読んでなくてもわかるように書いたつもりだ。
 大学病院勤務の外科医柴田守と、同じ大学の剣道部の後輩だった結川貴彦と、守の息子の歩(二年後は七歳)の三人暮らしの話です。ボリュームは文庫で数えると70ページ分です。
 まっすぐ言います。「ひとでなしとの恋愛」と「ろくでなしとの恋愛」は、自著の中で最も好きな本です。自著ですが時々読み返していました。
 2003年に書き下ろした「ろくでなしとの恋愛」の後書きで、「守にも貴彦にも色々乗り越えて欲しいけど今は私には無理です。十年後に続きをふと書けたらいいな」と書きました。
 でもそのときは書けるとは思っていなかった。
 去年十三年が経ってまた読み返していて、私自身も十三年経って割と普通に生きてるし、この人たちもとりあえず生きてはいるだろうと思いました。
 十三年前は無理だと思った守と貴彦と、そして歩のその後を書きたいと思って、これは自分の書きたい気持ちだけで編集部に掛け合って書かせていただきました。
 電子に慣れない方も、できれば読んでいただけたら大変ありがたいです。
 多分続けて次の「Char@」に、「ろくでなしとひとでなしとその息子の九年後」が掲載されるかと思います。こちらも同様のボリュームです。歩が十四歳になります。
 大切に書きました。

 シリーズについて少し説明させてください。全て電子しかありませんが、「二年後」「九年後」を読んで気になったらこちらも読んでやってくださいませ。

「野蛮人との恋愛」
 これがシリーズの一冊目ですが、後の2冊と全く違うテイストです。
 剣道部の大学一年生の柴田仁(攻)と仙川陸(受)の物語で、守と貴彦も二人の先輩として登場します。守は仁の兄です。
 よく言われることで「エッセイと小説なんでそんなに違うのですか」という問いかけがあるのですが、この本は最も私のエッセイに近い小説だと思います。私が今まで書いた中で一番のラブコメです。コメディです。楽しいと思うよ。

「野蛮人との恋愛2 ひとでなしとの恋愛」
 こちらから柴田守が主人公の、結川貴彦との物語になります。
 ラブコメ要素はないです。でも私はこの本がとても好きです。
 特にラブコメにご興味がなければ、ここから読んでも大丈夫です。

「野蛮人との恋愛3 ろくでなしとの恋愛」
 ひとでなしとの恋愛の続きになります。後半で守の息子である歩が登場します。
 時々読み返していて、去年その後の彼らが書きたいと思えたことは、様々な仕事の中でも私には特別な思いでした。

 さすがにもう守と貴彦を書くことはないだろうと、エンドマークをつけたときは寂しかったです。
 読んでいただけたら、ただありがたいです。
 よろしくお願いします。
  1. 2017/04/25(火) 12:20:45|
  2. 告知

「六年目の気持ち」

 東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、被災された皆様にお見舞いを申し上げます。
 3月11日です。

 自分の話で申し訳ないのですが、今の私の話です。
 六年目の私は、五年目の私より気持ちがとても落ちている。震災の件に関してです。
 最近よく「元気そうですね」と言われることがあって、言われるたびに「あ、空元気なんじゃないかな」と自分で気づく。震災の件に関して落ちてるけど、それは生活全般に及んでいるとも感じています。空元気は良くないな。

 でも、「震災のこと」が終わることは多分ないだろうし、落ちつくまでにも長い時間が掛かると思うので、そのときまでの時間の中で、こういう落ちていくときというのもきっとあるんだろうと思うようにしています。
 落ちて、またゆっくり前向きになって、やってけるのかなと。

 昨日、岩手県釜石市の友人とメールをしました。彼女は被災者の方々と多く接する仕事をしていて、
「明日を前にみんな気持ちが戻ってしまっている」
 と言ってた。

 私なんか被災らしい被災もしてないのに本当に申し訳ないなと思うんだけど(本当はこれはよくない感情だと最近痛感しています。人にはこう思うのをやめてと思いながら、でも当事者は思ってしまう)、私も昨日そういう気持ちで彼女に連絡しました。

 昨日、こちらは少し吹雪きました。
 あの日は晴れていて、もう春だと思っていたのに今日はまだまだ冬で。
 こんな気候じゃなくて本当に良かった。こんなに寒かったら、留められなかった命ももっと大きかっただろうと吹雪を見ながらぼんやり考えていて、なんだろうこの良かった探し、意味なんか全然ないなと気づいてまたぼんやりしました。

 気持ちがこういう風に落ちたことには、はっきりした理由があります。
 去年の夏に、岩手県釜石市に行って、昨日メールした友人に会いました。
 行って本当によかったとそれは今でも心から思っています。また行こうと思う。
 以前から友人とはメールのやり取りをしていて、釜石市の現状を聞かせてもらったりもしましたが、お魚が美味しいこと、雲丹が絶品で日本酒も美味しいとそんな話もしていました。
「雲丹食べに行く」
 雲丹を食べに行こうと思って、釜石市を訪ねました。
 直前になって、
「もし思い出すから辛くて無理なのでなかったら、町を案内して欲しい」
 そうお願いしました。
 彼女は快諾のメールをくれて、けれど末尾には「ごめんなさい。海には行けないので、近くまで送りますから見て来てください」と書いてありました。
 釜石市を訪ねて、彼女に会って、彼女はとても淡々とした言葉であの日のこと、現在を教えてくれました。
 正直、想像以上だったし、何もかもがまだまだだった。
 雲丹は本当に美味しかったよ。
 見て来たことを書こうと思いながら帰って、2週間後に、
「震災のことを踏まえて作られているから」
 と強く薦められたある作品を見ました。
 冒頭の方だけで私は無理だった。ぼんやりと見ていました。今思えば「無理だ」と思ったときに立ち上がれば良かったと後悔していますが、「もうこんなものが娯楽になるのか。誰もがこれを楽しんでいるのか」と力が入らなくなってぼんやりしてしまった。
 途中は直視できていなかったし、最後の言葉は聞こえて来たけれど、その言葉にも強い怒りが湧きました。
 けれどそれはもしかしたら、日本で私だけの感情なのかもというくらい同じ気持ちの人には出会わないので、本当に私だけがこの作品が無理だったのかもしれません。
 みんなが楽しんでいることに水を差したくないというのもあるけれど、私の気持ちを打ち明けたら「自粛厨」とかいう言葉で袋だたきに遭うのだろうなと想像がついた。袋だたきに遭う気力はなかった。
 間が悪いことに、その数日後に熊本で震度6の地震に遭いました。
 夜、ビルの5階にいて、体感でもかなり揺れました。
 このとき私は、震災以来初めて地震に恐怖を感じました。
 料理屋で、お店の方が「火を止めたのでしばらくお料理を待っていただいていいですか」と声を掛けてくださいました。一緒に食事をしていた方も冷静でした。
 私も昨日までこうしていたと気づいた。
 こんな恐怖をいちいち感じていたら、今熊本には暮らせない。
 生きていくために、みんな恐怖を閉じてる。
 私は五年が過ぎて、閉じていた恐怖がこのときに噴き出してしまった。
 今はちょっとした地震でも悲鳴が出てしまうし動悸がします。

 感情が爆発してしまって、私は「震災を踏まえている」と作品を薦めた友人にも、その作品を楽しんでいる何人かの友人にも、「こういう理由で私は無理だ」と打ち明けました。相手にされることはなかったです。
 誰とも共感できない気持ちを持つという孤立に、私は今までちゃんと苦しんだことがないのだとも知りました。
 大抵のことは、もし自分だけがそう感じていると思っても、私は多分「人は人、我は我」が少し得意な方だと思うので鈍感でいられた。
 この孤立は苦しく、今もそれは続いています。身近な人とも共感できないだけでなく、大多数の未知の人々とも共感できない。どうにもならない苦痛で、そのことは時々考えてしまうし、これは終わらないのかなと思うとあてのない気持ちになる。
 こういう感情を経験できてよかったというところまでは、まだ少しも辿り着けません。
 いつか同じような気持ちになっている人に出会ったときに、「わかるよ」くらい言えるようになっているといいなと願いはするけれど。

 理由もなくポジティブになれないので、気持ちは落ちていくばかりでしたが、予定していたので去年の秋に福島で呑み会をしました。これは本当に、集まっていただけてありがたかったです。
「被災地を訪ねるきっかけになりました」
 と言っていただけて、やれて良かったと思えたし、私も一番参っていたときだったので、「何かしたい」という気持ちのたくさんの方に会えたこと話せたことで大分救われました。

 でも相当やられてるな私、という自覚はあって、こういうときに無理すると良くないと思ってできずにいたことが釜石市のことを書くということでした。
 そこから私はまた歩き直しだよと思ったけど、その一歩ができずに今日になった。
 このネガティブな気持ちで書いたら、釜石市に迷惑だとも思いました。自分の怒りや苦痛に、見てきたことを巻き込んで発信してはいけないと思いながら、そこから切り離すことがとても難しかった。
 3月11日が巡ってきて、今日だからと釜石市のことを自分の感情とは分けて書き始めました。
 気持ちが戻ってしまう日だけれど、だから何ヶ月もできなかったこともしようと踏ん切れるとも思った。

 今年も、この日はこのサンドイッチ。
 よかったら去年の日記を読んでやってください。
 「いつものサンドイッチがいつもじゃなかった日々を忘れないよ/3月11日」
 この間このパン屋さんのご主人が、サンドイッチ以外のものからできるだけ卵を除いていると話してくれました。ご主人は本当は、卵が生地にも入っているパンが好きだったそうです。
「最近の子は、アレルギーが多くて。見えないけど卵が入ってたら食べられないしうっかり食べたら大変なことになっちゃうし、かわいそうだからね」
 いつまでもこのパン屋さんにいて欲しいなと思った。

 ゆっくりですが、遠い終わりのようなものに向かってまた歩いて行きたいです。

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  1. 2017/03/11(土) 14:21:15|
  2. 日記

「泣かない美人」(ディアプラス文庫)1/10発売(協力書店特典SSあり)

 2017年の1冊目は、「泣かない美人」(ディアプラス文庫)1/10発売です。
 以前雑誌に書いた、百貨店の外商部を左遷された甲斐隼人と、引きこもりの杜氏吉野要の物語「泣かない美人」に、どちらかというとこちらが本題という「君が笑うときに」を書き下ろしました。
 私には初めてのご当地BLです。お気に召したら遊びにいらしてください。
 この本には、協力書店特典SSというものがついてきます。「忘れないように」という短編を書きました。
 まだ協力書店一覧が出ていないのですが、私はどうしてもこの特典ペーパーを入手して欲しい。
 何故かというと、少し不安が残ったんです。本編を書き終えて。
 その不安を、ペーパーに託しました。読んでやってください。アニメイト全店と、ネット書店通販もあります。
 青文字がリンクになっております。よろしくね。
「泣かない美人」特典情報
「泣かない美人」特典SSペーパー配布書店リスト
 書店さんが把握していない場合もたまにあるようなので、ついて来ない場合は書店員さんにお尋ねください。

 後書きにも書いたのですが。
 私はBLが好きですが、「これはBLというジャンルじゃなければ書けなかった」と毎回思うわけではないです。
 この本に関しては、久しぶりに強く思いました。BLでなければ書きたくても書けなかったと思って、BL作家で良かったとそんな一冊になりました。
 あとあまり好きなものを題材にしてはいけない……と日本酒に関しては思った。
 美しい挿画をくださった金ひかる先生とは、ものすごく久しぶりのお仕事です。変わらぬ魅力的な絵を付けていただけて、二重に嬉しかったです。
 年明け、是非読んでやってください。
  1. 2016/12/27(火) 17:03:30|
  2. 告知

「子どもたちは制服を脱いで 毎日晴天!13」/「小説Chara vol.35」11月発売 シリーズ刊行物まとめ

「子どもたちは制服を脱いで 毎日晴天!13」 11月26日発売
 三年ぶりになってしまいました。「毎日晴天!」シリーズの新刊が11月に発売になります。今年の「Chara原画展」で、展示色紙に今年中に新刊を出しますと誓ったので、誓いが果たせて良かった。400ページ超えるようです。楽しんでいただけますように。
 タイトル通り、新章に入るような感じなのでこれを機会に「子供」を「子ども」と開きました。「子供は止まらない 毎日晴天!2」からずっと気になっていたのですが今更という気持ちでそのままにしてきました。制服を脱いだこともあり今回からこの表記にさせていただきます。これはこれという理由はなく、好みの問題なので開かせてください。
 私はもう二宮悦巳先生の美しいカラーを見てしまった。早くお見せしたい。
 次巻はそれほどお待たせせずに出せたらと思っています。よろしくお願いします。

 新刊発行に伴い、2012年から再開させていただいたこのシリーズの著作物を、遡る形で纏めます。もう入手できない物も入っていますが、四年の間にこれだけ書いたよということで。一つ一つ思い入れもあるので少し内容に触れさせてください。

「子どもたちは制服を脱いで 毎日晴天!13」 2016年11月26日発売
収録作品
「どこでも晴天!」
「はじめての二人旅」
「卒業」
「子どもたちは制服を脱いで」
「大人たちのひと夜」
 タイトル通り、新しい生活に身を置いた真弓と勇太、そして家族たちの物語です。
「紙本と電子の違いについて」
 今回初めて紙本と電子版が同時発売になって、私も把握が行き届かずきちんとした告知ができなくて申し訳ありませんでした。
 紙本と電子の違いは、まず電子にはカバー以外のイラストが一切ありません。代わりに、電子限定SS、本編の翌日の3カップルと丈の「それぞれの朝」が入っております。
 よろしくお願いします。
「私だけが気にしてる裏話」
 そして発売日が過ぎたので、裏話というか後書きに書こうと思っていて書くのを忘れた話です。
 どうでもいい話かもしれないのですが私が気になる!
 新キャラ八角優悟の身長は、相方の大越忠孝と同じく180センチ超えです。
「俺は大越より五キロ体重が足りない」
 という台詞が出てくるのですが、これは最初十キロでした。
 野球を観る人には納得だと思うのですが、たとえば阿部慎之助は180cmで97キロ、坂本勇人は186センチで83キロ(両方巨人だということに他意はないよ! ダルとか背が高いから!)。野球選手だと筋肉付けたい人付けない派の人でこのくらい普通に体重差があるので10キロと書いたのですが、
「八角が極端に華奢だという誤解を招きかねない……」
 という懸念から五キロにしました。
 本当は気持ち10キロ差です。大越が筋肉がつきやすくて鍛えている人なのです。
 そして八角は、
「俺はバッティングマシーンでも130キロを超えると当たらなくなる」
 と言っていますが、これは最初150キロでした。
 150キロは甲子園などで記録される球速なので、そりゃ当たらないだろうと思われるかもしれないということで130キロに直したのですが、実はバッティングマシーンの150キロなら私でも当てることはできます。打ち返せないけど当てられる。130キロが当たらなかったら八角は相当できないことになる! とここは最後まで迷いましたが、150キロのままだと「普通当たらないでしょう」となりやすいのではという意見多く直しました。
 八角はそこまでできなくないんだ本当は! という私のみが気になったポイント裏話でした。
 そして昨日再読して、いつか何処かで「ウオタツの花嫁」という話を書いてやらんとあかん……と思いました。
 裏話でした。

「小説Chara vol.35」 2016年11月22日発売
「竜頭町夏祭りの夜はいつも大変」収録
 長めの中編で、時制的には13巻の二ヶ月後くらいになるので13巻を先に読んでいただけたら嬉しいですが、これだけでも読めるかと思います。
 13巻にちらと話だけ出てくる、秀の教育実習の回想なども入ります。
 オールキャラ+新キャラです。

「Chara全員サービス 小冊子」 2016年11月発送
「竜頭町三丁目の夏休み」収録
 勇太と真弓が高三の夏休み。達也や龍も居合わせての、みんなでどっか行こうかというオールキャラです。

「Chara バースデーフェア小冊子」 2016年6月発行
「次男はすっごく教えたい」収録
 レポートに苦しむ勇太と達也に、明信が「冷戦とは」を教えようとする短編。この辺りから、1巻から明信が持っていた本来の強さみたいなものを私も思い出せた気がしますがコメディです。
 一応オールキャラです。

「花屋の二階で 新装版」 2015年11月発行
 二宮悦巳先生によるコミカライズの最終刊です。本当に美しいカラーとお別れするのは寂しかったけれど、来月13巻でまた二宮先生の絵に会えます。
 私は「次男の恋人」という、物語後の、明信の少し意外かもしれない高校時代を絡めた短編を書きました。

「小説Chara vol.33」 2015年11月発行
「どこでも晴天!」(漫画・二宮悦巳先生)
「夢のころ、夢の町にて。」
「SF作家は何度でも家出する」小説二本収録
 以前書いた短編「どこでも晴天!」を二宮先生が漫画にしてくださっています。コミカライズが終了しているので、今のところこの漫画が何かに収録されるという想像がつかないので、お手元にあれば是非。
 小説一本目は、大河と秀とで、勇太と秀が暮らしていた京都を旅行する短編です。「夢のころ、夢の町で。 毎日晴天!11」と繋がっている話なので、よかったらそちらも合わせて読んでやってください。
 二本目はいつもの、仕事を挟んでの大河と秀の大喧嘩コメディです。

「Chara Collection 2015」 2015年11月発行
「おまえのおらん俺」収録
 AGF発行の、厚い本です。勇太の物語を書きました。

「Chara全員サービス小冊子」 2015年11月発行
「女子会プラン男子会プラン」収録
 受けチーム攻めチームに分かれてのわちゃわちゃコメディ。

「Chara バースデーフェア小冊子」 2015年6月発行
「次男の誕生日を探して」収録
 初めての、登場人物の誕生日もののような気がします。明信の誕生日の、龍との短編。

「いそがないで 新装版」 2015年5月発行
「いそいでください」収録
 雨樋直せちゃう大河がかっこいい秀の短編。

「子供の言い分 新装版」 2014年12月発行
「うちの子の言い分」収録
 本編の後始末編を書き下ろしました。

「小説Chara vol.31」 2014年11月発行
「はじめての二人旅」収録
 二人旅をするのは勇太と秀。お留守番は大河と真弓。そんな話です。13巻に収録されます。

「チルドレンズ・タイム 新装版」 2014年8月発行
「バレンタインの夜に」(漫画・二宮悦巳先生)
「どちらさまにもバレンタイン」収録
 二宮先生の短編漫画の原作を書かせていただきました。御幸がステキ。
 私はそれぞれのバレンタイの短編を書き下ろしました。

「Chara 全員サービス小冊子」 2014年11月発行
「竜頭町三丁目に大雪の降る」収録
 大雪が降って、うっかり二人きりになれた大河と秀でございました。

「Chara バースデーフェア小冊子」 2014年6月発行
「花屋と次男は七歳差」
実は意外と年の差カップルの、龍と明信でした。
こう考えると龍は本当に罪深い。

「子供は止まらない 新装版」 2014年3月発行
「初めてのクリスマス」収録
 勇太と真弓の初めてのクリスマス。そして秀と勇太の今までのクリスマスの短編。
 二宮先生が随所にかわいい漫画を描いてくださっています。

「花屋の店番 毎日晴天!12」 2013年11月発行
「花屋の店番」
「子供はわかっちゃくれない」
「大人のおつかい」三本収録。
 久しぶりの文庫の新刊となりました。三カップルそれぞれの中編集です。

「暴風注意!」
 12巻の初回特典SSです。明信と勇太が浮気したのかと真弓が暴風になる短編。

「毎日晴天! 新装版」 2013年11月発行
「僕らがまだ知らなかった未来」収録
 これは今も入手可能な本で、このシリーズの一冊目に当たるということもありますが、書き下ろした短編をもし未読なら読んでいただけたら嬉しいです。
 大河と秀がどんな高校時代を過ごしていたか。二人の原点的な短編です。

「小説Chara vol.29」 2013年11月発行
「どこでも晴天!」収録
 大河と秀が、真弓と勇太の高校に三者面談に行くものの……という短編。13巻に入ります。

「夜空も晴天!」 2013年11月発行
 スターターセット特典小冊子。龍と明信の短編です。

「Chara Novels Collection 2013」 2013年11月発行
「次男の意外なモテ事情」
 過去の巻に出て来た、明信の大学のゼミの先輩男性が、眼鏡を割ってしまった明信を送り届けるとそこには家族と龍がいて。みたいな話。

「Chara 全員サービス小冊子」 2012年11月発行
「エゴマのゴマはゴマじゃない」収録
 秀がいやいや大河におつかいを頼んだものの、頼んでもいないエゴマ豚を買って来て大喧嘩になる所帯じみた話。

 長くお休みしていた「毎日晴天!」でしたが、再開はこの全員サービスからでした。
 少しずつ高いハードルを跳ばせていただくような感じで短編をいくつも書いて、13巻は本編は長い書き下ろしになります。
 もうしばらく、おつきあいいただけたら本当に嬉しいです。 
  1. 2016/11/18(金) 15:01:20|
  2. 毎日晴天!

「いつか何処かで作家志望の誰かのお役に立ちますように」

 いつか何処かで作家志望の誰かのお役に立ちますようにと一月に書いたのですが、「毎日晴天!」の担当さんに一度見ていただかないとと思ってそのまま発売の今月まで忘れておりました。
 ものすごくピンポイントな方に向けての言葉なので、お役に立つことはあまりないかもしれませんが。
 丁度今月「子どもたちは制服を脱いで 毎日晴天!13」が出るので、一応その誕生秘話的なものにもなるかなとアップしてみます。
 読み物としてお読みくださいな。
 以下を、一月に書きました。


 絶対にできない仕事、それは新人賞の選考委員だと、ずっと思っていました。
 ちなみにできないと思っていただけのことはあって、頼まれたことは一度もありません。
 引き受けてらっしゃる先生方は、本当に私はすごいと思います。
 自分でもできないと思い頼まれたこともない私は、人にものを上手に教える才能に恵まれていない。
 だがしかし、経験からくる助言くらいはできるのではと先日、ふと思った出来事があったので、全ての作家志望の方に当てはまることではないのですが、こういうこともありますという話をしてみようと思います。
 私はこのペンネームで仕事を始めて、多分今年で24年目……多分。初期の私は何処がデビューなのかも曖昧で、多分あれが最初に商業誌に自分のペンネームが載った仕事だなという記憶はあるのですが、手元にも残っていないし雑誌名も思い出せません。BLではありませんでした。
 そりゃどういうこっちゃと思われるでしょうが、それは自分の話になるのでまたの機会がありましたら。
 今回は、出版不況の昨今ハイリスクハイリターンのハイリスクが高まるばかりの商業作家に、それでもなりたい方へ、もしかしたらお役に立つかも知れない経験談です。

 先日、Twitterで友人漫画家の最初の商業誌カラーを覚えていると私が言ったことから、その友人が何故その最初の商業誌カラーを私に電話で報告してくれたのか、理由を友人が語ったことにより私も思い出しました。お互いツイートしていますし、お名前を伏せる理由は特にないですが、ツイートは流れるけど日記は残るものなので伏せておきます。
 二十年前、私が友人を某誌に紹介して、そこでカラーが決まったので友人は報告の電話をくれたのだなと、やり取りの中から私も思い出しました。
 その友人のツイートを見て、私と彼女には、その紹介の件について認識の極端なずれがあることに気づきました。
 今、大人気作家である友人が、「デビュー当時で仕事もなく実力もなく」というようなことを言っていて読者の方も驚かれたと思いますが、彼女が言ったような理由で私は彼女を某誌に紹介したのではないのです。
 もちろん二十年経っていますから、技術的にも情操的にも年月分の進化はあるでしょうけれど、当時も充分彼女は魅力的な作品を描いていたし、精力的に作品も描いていました。
 そして、私は実は彼女の他にもたくさんの友人を、様々な出版社に紹介して、デビューしてもらったりステップアップしてもらったりしていました。
 私はもしかしたらそういうこと疎そうに見えるかもしれません。他者からの私のイメージはわかりませんが、当時はこうして彼女を某誌に紹介したことさえ今ではうっかり忘れるほどの友人たちを、次から次へとあっちゃこっちゃに紹介していました。
 理由があります。
 あ、一応言っておきますが、完全なる趣味でそれはやっていました。何処からも謝礼はいただいていませんし、ブローカーだったわけでもなんでもないです。
 私はBLではない仕事でBLの夜明け前に商業誌の仕事をしていたので、各社がBLに乗り出したときに橋渡しができたというのもあります。某社の某誌に至っては、創刊のための立ち上げを手伝い、編集者、作家のほとんどを紹介して、私はさよならしました。なんでさよならしたかというとそれは漫画誌だったので、立ち上げだけを手伝ったわけです。
 その後も、友人たちの紹介を好んでしました。紹介した先のことは自己責任でお願いしますと関わらなかったけど、みなさん紹介した甲斐がある仕事をなさってくれました。
 私はそんなにものを見る目があるわけではないのに、幸運にも才能のある友人たちには恵まれていました。なかなかデビューが決まらず私がきりきりしてもしょうがないけどきりきりしていた友人も、今は引く手あまたです。その友人は、今思えば別に私がなんもせんでも今のように人気作家になっていたことには間違いありません。
 今回当時のことを思い出して、何故「自分は当時実力がなかった」と思っている彼女と私に認識のずれがあるのかに気づきました。
 彼女だけでなく、何人かに対して本当に余計なお世話ですがあの頃手伝ったことは、
「もしかしたら今の出版社、今の担当さんと合わないのでは? そんなに実力があって魅力的なものを描いているのに、仕事がないのは普通におかしい。目先を変えて、違う担当さんに会ってみない?」
 というようなことをしただけです。
 具体的に言うと、大手の少年誌に投稿し続けて、担当がついたものの全くデビューさせてもらえないままかなり時間が経っている友人がいました。
 私は彼女の投稿作を読んでいたので、これが商業レベルではないのは、出版社もしくは担当さんと気が合わないんだろうなあと思って、青年誌の編集さんを紹介しました。
 その編集さんは彼女の作品を読むなり顔色を変えて、
「ここから先は私とその方でやり取りさせてください」
 と瞬く間に彼女の担当編集者となり、あっという間に大々的に彼女を最良の形でデビューさせた。
 Twitterでやり取りしていた友人も、そういうことです。
 デビュー当時なので今より未熟なところはもちろんありはしたでしょうけれど、彼女を生かせる編集さんに出会えてなかっただけなので、私がしたことはちょいと橋を渡しただけです。
 この話の何が、新人さんのお役に立つかも知れないと思ったかというとですね。
 私の友人たちには何人かいましたが、投稿や持ち込みスカウトで担当さんがついて、その担当さんの元で何年もどうにもならない状態が続く場合があります。
 それはもしかしたら、残念ながら作家本人に才能の目がない可能性ももちろん充分あります。
 でも今上げた例のように、この担当さんが私を唯一デビューさせてくれる人、生かしてくれる人だと、勘違いしてる場合もあるかもしれません。
 あなたがもしそれなりの才能があって、努力をしていていいものを描いていたとします。
 だけどあなたの担当さんが、真逆のものが好きな編集さんである場合があるという話です。
 これはその編集さんが悪いのではありません。
 好みが違う。相性が合わない。それだけです。全てのヒット作の内容に一貫性はないですよね。
 でもそこが合う合わないということは多分とても大事で、たとえばあなたが東の方角に向かってとてもいいものを創れるのに、担当さんの行きたい好きな場所は西なので、全力で西に行きましょうと東に向いているあなたを改変されていることもあるのです。
 それではせっかくの才能が生きない。
 若いうちやデビュー前に自分でこのことに気づくのは難しいですが、もし膠着状態に陥ったときは、たった一人の好みの合わない人に向かって作品を発信し続けている可能性も疑ってみてください。

 私自身にも、こういったことはありました。
 実は「毎日晴天!」は、最初はキャラ文庫から発行される予定ではありませんでした。
 某レーベルさんが、
「シリーズをやりませんか」
 と声を掛けてくださって、丁度家族ものが書きたいと思っていたので、シリーズの原型になるプロットが手元にありそれを渡しました。「毎日晴天!」の次巻は「子供は止まらない」というところまで、私のプロットでは最初から決まっていたことでした。大河と秀の話から始めて、次は勇太と真弓の話にすると内容も設定も細かく決めていました。
 ところが某レーベルさんは、どうしても1巻を「子供は止まらない」から始めたいとおっしゃいました。
 私はとにかくいつでも強情なので、テコでもこの提案に頷かず、スタートを切れずに話し合いは平行線のまま時間が過ぎました。
 私は勇太と真弓の話から始めることを受け入れられず、行く当てもないのにプロットを引き上げるところまで来ていました。
 そこに、キャラさんが現れて、私がこの話をすると、大河と秀の話から始めさせてくださるとすぐに快諾してくださいました。
 某レーベルさんには、
「1巻から書かせてくださるところがあるので、このプロットは下げさせてください。また機会があればお仕事ができたら嬉しいです」
 とお話しして、今回はご縁がなかったのですねとお互い納得して完全にプロットを下げさせてもらいました。
 その後この某レーベルさんと私は一度もお仕事をしていませんが、じゃあこのレーベルさんが能力がないのかというとそうではなく、大きなヒット作も人気シリーズもいくつも排出しています。
 私はたまたま合わなかった。本当にそれだけの話です。
 結果、私にとっては最良と思えるキャラ文庫で「毎日晴天!」をきちんと大河と秀の話からスタートできて、お休みもしたのに現在も続けさせていただいています。
 あのときのことを振り返ると、たらればになりますが、がんばって勇太と真弓の話から始めても、こんなには続かなかっただろうし、何より二宮先生という最高のパートナー(私が勝手にそう思っている)に引き合わせていただくこともなかったと思います。
 このシリーズをスタートしようとしていたときに、私がキャラの担当さんと出会えたことはただ幸運でしたが、どうしても子どもたちの話から始めたいという提案にそのときまで長く頷かなかないでいたことは、自分を褒めたい判断だったと思います。
 大きなレーベルだったし担当さんは乗り気で、「その方がきっと注目される。売れる」という気持ちで考えてくださったことであり、好意からの改変提案でした。
 頷かなかったのは、判断できたというよりはただ私が強情だったからとも言えます。

 間違った判断も、たくさんしてきました。
 一番間違っていたと思うのは、仕事があることが嬉しい、書くことが楽しい、そして体力があるという状態に任せて、インプットする時間や休む時間を作らないまま、何年もひたすらアウトプットし続けたことです。
 こういうアドレナリンが出ている自分を止めることは難しかったと思いますが、
「もう少し仕事をセーブしては」
 と助言してくれた方もたくさんいたのに、耳を貸さずに結果、長く休むことになりました。
 休んだきっかけはプライベートで心身ともに参ることがあったからですが、そこからの小説休業が何年もに及んだのは、空っぽになるまでアウトプットし続けてしまったからだろうと今は思います。
 そのときには気づけなかったし立ち止まれなかったけど、今は大きく後悔しています。
 あの、「もう二度と小説が書ける気がしない」という気持ちのまま何年も過ごすということは全く経験する必要がないと思うので、できればアウトプットが続いて自分が疲弊していると気づいたなら少し休むことは強くおすすめします。

 歳を取って、この仕事を何年もして、失敗もたくさんして、もしかしたら同じ轍を踏まないように気をつけてくらいのことは言えるのではと思い、この日記を書いてみました。
「私いいものを書いているのに認められない!」
 くらいの勢いの良い気持ちがもしあるのなら、一度本気で認めてくれる人を探してみてもいいのではということ。
 フリーで仕事をしているのなら、リスクを負うだけでなく、そういうメリットも最大限に活用してもいいかと思います。
 そして何より、波に乗っているときでも休憩とインプットは、アウトプットの一部だと気づきましょうと、そんな話でした。
 私は今はそこそこ頑張れてると思いますが、今後あのときのようにはならないように、充分気をつけていきたいです。
  1. 2016/11/16(水) 18:55:00|
  2. 日記
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