菅野彰

菅野彰の日記です

「被害者に過失があったというのは、加害者がほとんど必ず使ってくる論法」

 タイトルは弁護士さんの言葉です。
 この言葉はあらゆる場面で思い出してください。あなたが何かの被害者になったときにも、被害者と触れ合うときにもどうか思い出してください。
 昨日ツイートした、友人が受けたパワハラについて日記にもう少し詳しく纏めます。今回担当してくださった弁護士さんにも目を通していただきました。
 一つ読む前に念頭に置いていただきたいのは、これは私の友人である彼女のケースだということです。状況、職場、なにより個人はそれぞれ様々違います。
 また、私が出会った弁護士さんは本当に幸運にも優秀で弱者の側に立つ方でした。その幸運は、被害を受けている全ての方に巡ることを心から願います。
 この記事が全てのハラスメントの被害者に適用するということではありませんが、それでも必要な方にこの文章が届くことを願って綴ります。
 なるべく私の感情は省いて、事実を語っていけるように努力しますね。

 友人は現在の職場に勤続10年です。
 私と彼女の友人としてのつきあいは、その何倍もです。
 ここ数年、彼女から聞く言葉のほとんどが職場で受けている不当な対応の話になっていました。
 私は会社に勤めたことがないので聞くことしかできないと思いながらも、
「それはその人がおかしいのでは」
 と、聞いていて言える限りのことを言う。そんな日々でした。
 去年、はっきりと彼女が以前と変わってきたと、感じ始めました。
 友人に対してこうした言葉を使うのは抵抗がありますが、判断力が下がり、社会力が落ちて、それは日常にも及んでいました。
 どんなにパワハラを受けている人物にでも、
「仕事を辞めて欲しい」
 とはなかなか言い出せないものです。その後転職できるのか、転職先なら大丈夫だという保証もないと、自分の責任について考えてしまい言えませんでした。
 それでも言えることを選んで具体的に「こうしたら?」ということを言っても、彼女はまた同じ被害を受けて同じ言葉を繰り返す。
 本当に彼女には申し訳なかったと今も深く悔やみますが、私は苛立ち始めていました。
 何故されるままでいて何も行動しないのかと思っていました。
 秋に彼女らしくない言葉を聞いて初めて、
「あなたの人格に影響している。人生が変わってしまう。今の職場を辞めて欲しい」
 そう言葉にしました。
 その後年末に会ったときに彼女から、クリスマスイブに夜五通続けて送られて来た、上司からの恫喝と脅迫のメールを見せられました。
 そのとき彼女が言った言葉が、私は忘れられません。
「また怒られるかもしれないけど」
 ただでさえ心細い中で、彼女は私にも怯えていたのです。
 メールは喫茶店で立ち上がる程の内容でした。
「これは必ず何かしらの手段がある恫喝だから、専門家に相談したい」
 私から彼女に言うと、「頼りにしている」と言ってくれました。
 このとき思ったことですが、パワハラに限らず何かしらのハラスメントをする人物は、まともに話し合える相手ではないです。メールの内容は、「何故そんなことを言える」と思える人間の良識で書けるものではありませんでした。そういう人物は何をするかわかりません。危険なので個人で対峙しようと思わずに、専門家を頼ることを私は強くお薦めします。ハードルは高くないです。
 師走も押し迫っていた日でしたが、その日のうちに弁護士さんに相談しました。この弁護士さんとは私はなんとその日のたった三日前に出会った方で、すぐさまお世話になるとは自分でも想像しませんでしたが、その弁護士さんがいなかったらと思うと今も恐ろしく、出会えたことは繰り返しますが本当に幸運でした。
 弁護士さんと何往復もメールをして、その度友人に、
「これでいい? 相談に行ける?」
 と確認を取りました。
 あとは会社携帯を返却する(これは辞職とは無関係に事務上決まっていたことです)前に相談に行く日を決めるだけという段になって友人が、
「やっぱりいい」
 そう言い出しました。
 このときのことは、大きな後悔でもあり、けれどそうするべきだったという思いもあり、私自身にはなんとも言えません。
 強い言葉で、「そういうところから変わっていこうよ」と友人を非難しました。
 私の非難に友人は恐らく怯えて、相談日を決めました。
 恐らく今の彼女では話がほとんどできないのではと思い弁護士さんに、
「過保護でお恥ずかしいのですが、ついて行ってもいいですか」
 そう伺うと、
「パワハラやセクハラを受けている方は、ほとんどの方がご友人に付き添われて来ます。ご本人がもう何かできる状態ではないので」
 そう言われました。
 年明け、相談に行く前に弁護士さんに私だけが会って詳しい話をしました。
「友人の判断力や社会力の低下が不安です。人が変わってしまった」
 その話をすると弁護士さんは、
「パワハラを受けている方は、支配から思考が停止してそういう状態になりやすいです。そういう方を何人も見てきたし、身内でもありました」
 ご家族がパワハラを受けたときの経験を話してくださいました。
 私の友人と同じで、あらゆることに反応が鈍くなっていると気づいて、慌てて対処に動いたというお話でした。
 その可能性について私は考えていませんでした。言われて初めて知った次第です。
 友人を連れて、その弁護士さんの事務所に行きました。
 友人は眠れなかった様子で、何度も溜息を吐いていました。
「気さくな方だから緊張しないで」
 繰り返しても、赤い目をして俯いていました。
 事務所の相談室で、相談自体は一時間程でした。相談料は三十分五千円。もしかしたら弁護士さんによってここは違うかもしれないので、自分もと思う場合は確認してください。
 できるだけ口を挟まずに聞いていようと友人の隣にいて、友人がまずその恫喝のメール弁護士さんに見せました。
 弁護士さんはそれを読んで顔色を変えて、
「これは見てきた中でもかなり悪質です。あなたは何も悪くないです。相手が一方的に悪い」
 そう何度も繰り返してくださいました。怒ってもくれました。それは本当にありがたかった。
「こんなことを言われるのは、自分が悪いのかと思っていた」
 友人は泣きました。
 隣で私は泣くまいと堪えましたが、そんなにも彼女が辛い中にいてもう何もできない状態になっているのに、気づくことができなかったことをいくら悔いてもそれは終わることのない後悔です。
「方法は三つあります。労基に入ってもらうこと。民事訴訟を起こすこと。刑事訴訟を起こすことです」
 ここで留意していただきたいのですが、友人の場合、恫喝メールが証拠となって敗訴の可能性は限りなく低いという状況だということです。けれど証拠が手元になくてもハラスメントに苦しんでいるなら、まずこのように専門家に相談はしてみてください。後述しますが、証拠の取り方も説明してくださいました。
 その説明を聞いていて、今回私が思ったところを書きます。あくまで友人の場合の私の判断です。
・友人は裁判を起こせるようなタイプではないことは、事前に弁護士さんに説明してありました。けれど民事訴訟の説明を受けていたら、友人本人が法廷に立たなければならないのは一度で、今回は敗訴の可能性も低いので気力があればと思いました。
・友人はその上司のこと以外には仕事にやり甲斐も感じていて、辞めたくないという気持ちも半分あるとこの日初めて聞きました。そうすると在職しながら職場の上司を訴えるということは、やはりハードルが高い。
・辞めるにしても、民事裁判に勝訴しての慰謝料はだいたいですが百万以下ではないかということでした。それでは転職までの間生活するのにも、あっという間に尽きてしまう。この場合裁判の目的は、加害者にきちんとした社会的な制裁を与えるためということになります。
・だとしたら労基に入ってもらって、会社に対応をしてもらうのがベストなのではないかと私は思いました。
・こうした被害の時効は三年。退職して転職してから、行動を起こすことが本人に最も負担が少ないのではないかと思いました。
 弁護士さんが友人に言ってくれた言葉は、
「あなたは何も悪くないのだから、どうするのかを選ぶことも全てあなたの権利です。負担なら何もしない権利もあるんですよ」
 ということでした。
 それも聞いている私には、とてもありがたい言葉でした。
 証拠の取り方は、
・このようなメールが来たら、日付や送り主のメールアドレスがわかる形でスクリーンショット、あるいは携帯全体を撮影するなどして、更にプリントアウトする。この辺りは間違えると怖いので、本当に専門家に改めて尋ねてください。
・日付の入っている手帳に、受けたパワハラを記録するだけでも証拠になり得る。
・言葉での恫喝があるなら、レコーダーを持って、呼び出されたとき、二人きりになるときなどに、あらかじめ録音状態で鞄やポケットに入れておく。何かあってから録音ボタンを押せる人は少ない。暴力を受けても音声が入るので、音のデータで充分。
 繰り返しますが、証拠については改めて専門家に各自確認はしてください。
 やはりその場で友人は決められませんでしたが、一つ一つやって行こうと相談を終わりました。
「何かあったら私に連絡してください。電話をいただく分には相談料はかかりません。私があなたのことを気に掛けていると忘れないでください」
 弁護士さんが最後にそう言ってくれました。
 食事をしてレコーダーを買って帰ろうと、店に入りました。
「ごめん」
 と、友人は泣きました。
 私にも見捨てられるのかと怖かったと言いました。
 そう思わせてしまうだけ自分が苛立っていた自覚が、はっきりあります。心細く傷つき果てている友人になんと思いやりが足りなかったのかと、その後悔は終わりませんが、これから彼女にできることをしていこうと思います。
 これは結果論ですが。
 その恫喝メールを受け取った友人のそのときの心境を思うととてもよかったとは言えませんが、その決定的に相手がおかしいとはっきりわかるメールがなかったらと思うと、私は怖いです。
 友人が変わってしまった理由が支配であると気づかないまま時が経っていたら、もっと取り返しのつかないことになっていた。
 また、そのメールがあるので、裁判になったとしても間違いのない証拠になります。
 これからできることをしていくけれど、一番の後悔は被害者である友人に対して、
「あなたは何も悪くない」
 という一番大切な言葉を、私はもう言わなくなっていたということです。
 弁護士さんがそう言ってくれたときに友人がどれだけ安心したのかわかって、言葉にはできない後悔に息が詰まりました。
 これは彼女のケースです。
 訴訟のことなどは全ての人に当てはまらないだろうし、また弁護士さんも本当に色々です。気力がなくても、まず弱者に立つ案件を扱う弁護士さんかどうかを確認してから相談してみて欲しい。
 具体的なことでもこの記事が、苦しんでいる誰かのお役に立つことを願います。
 そして今回何より伝えたいのは、この記事のタイトルの言葉です。
 被害者は被害者でしかない。
 被害を受けた人自身にその被害の原因があるというような人間は、加害者と同等だと私は強く思います。
 私も友人に対して、そうだった。
 そのことはこれからも忘れることはないです。

 相談のあと、友人は安心から寝ついてしまいました。
 体調が復調して、誘っていたクラシックのコンサートに行きたいと言ってくれました。
 そういったこともここのところなかった。
 無理なくゆっくり楽しいことを一緒に積み重ねていきます。
 もし彼女がやっぱり行けないと言ったら、また今度と。
 少しずつです。

 今回お世話になった弁護士さんが、言葉を寄せてくださいました。
 最後に追記します。
 本当にありがとうございました。

『パワハラ事案は定型的ではなく、被害も様々で、対応策も場面場面によって変わってきます。対策や防衛策については、一般論より、「あなただけの」専門家に相談するのが1番です。
弁護士は守秘義務を持っていますから、どんな相談をしても大丈夫です。誰にもできない相談なら、まず弁護士に相談してみてください。
「傷つけられるのは被害者が悪いから」なんてことあるわけがないんです。傷つける人が悪いに決まってます。でも、それが信じられなくなってしまったらその時には私たちに、本当のところ、私のケースはどうかな?って相談してみてください。
私たちは、助けたくてここにいるんですから。』
  1. 2018/01/22(月) 12:56:04|
  2. 日記

「色悪作家と校正者の不貞」(ディアプラス文庫)初回特典SSあり・12/9発行

 楽しく楽しく書いているディアプラスの「色悪作家と校正者」シリーズ第一弾、「色悪作家と校正者の不貞」が12/9に発行になります。
 このシリーズは、歴史校正会社に勤める歴史校正者塔野正祐と、小説家東堂大吾の、本を巡り巡る物語です。
 おもしろいよ!
 本が好きだなあって思いながら、楽しく書いていて今「色悪作家と校正者の貞節」「色悪作家と校正者の純潔」と三作目まで書いております。その第1巻。
 西荻窪を舞台に、日本酒とおいしい居酒屋も出て参ります。
 後書きに書いてありますがこの話を思いついたきっかけは、ええとわたしがですね、以前某歴史小説を書かせていただいたときに歴史校正を初めて体験いたしまして。
 それはもう壮絶な赤と鉛筆と資料の添付を経験し、おかげで素晴らしい本が上梓できたと思えたのは本が出てからで、歴史校正と向き合っている最中は、
「やつざきにしてくれるー!」
 と書き込みに叫んでいたのを数年が経って、
「おかしてやる」
 くらいに落ちついたということが帯にそのまま大吾の台詞で抜かれておりますな……あははごめんな会ったこともない校正さん。
 その経験を元に、楽しいシリーズが構築できたと本当に感謝しています。
 阿蘇芳秀はいつも自分から遠いと思っておりますが、そんなわけで東堂大吾は若干近い作家。作中に出て来る「寺子屋あやまり役宗方清庵シリーズ」もいつか自分で書こうと思っていたプロットを流用しました。わたしが書きたいなーと思う作品を書いていたりもするのが大吾です。

 本を巡る二人のシリーズなので、書き下ろしSS、初回SSは全て本をテーマにしました。
 貞節までを書いてアンケートを読んだら、
「このシリーズに出てくる本を読んでみようと思います」
 と書いてくださった方が多くて、それがすごく嬉しかったんです。
 でも不貞と貞節を書いたときはその視点がわたしになかったので、SSは読んでいただけたら楽しいかもしれない本を選んでそれをテーマに書きました。
 どの特典を選ぶか、お好きなタイプの本で選んでいただけたら嬉しいです。
 本編の書き下ろしには、「色悪作家と校正者の八郎」、「八郎」(斎藤隆介・滝平二郎作)を巡る居酒屋鳥八での大吾と正祐の師走の痴話喧嘩。「八郎」は大好きな絵本です。
 【店舗特典・協力書店で購入した方のみ】書き下ろしSSペーパーには、「色悪作家と校正者の蟹工船」。「蟹工船」を巡る鳥八での二人の……喧嘩ばっかりだなこの二人は。協力書店さん一覧はこちらです。「蟹工船」は正直、楽しいかと言われたらうんごめんわたしが最後の一文が大好きなだけなんだ。大吾っぽいなと思って選びました。
 【店舗特典・コミコミスタジオ様で購入した方のみ】書き下ろしSS小冊子は「色悪作家と校正者の台所のおと」です。「台所のおと」(幸田文)本当に素晴らしい短編。未読なら是非読んで頂きたい作品です。コミコミさんでは「台所のおと」と「蟹工船」の両方が入手できるはず。「台所のおと」を巡って正祐の部屋で喧嘩をする二人。いつも喧嘩ばかり。
 そして【店舗特典・アニメイト様で購入した方のみ】書き下ろしSSシートには「色悪作家と校正者の冷たい方程式」です。名作SF「冷たい方程式」(トム・ゴドウィン)本当に傑作。おもしろいよ。「冷たい方程式」を巡って大吾の家で喧嘩を……。「冷たい方程式」は「さあ、今から担当替えです 毎日晴天!14」の中でも阿蘇芳秀の作家性として引用していますが、わたしの「冷たい方程式」フェアでございます。短編なので是非。アニメイトさんでは「冷たい方程式」と「蟹工船」の両方がついてきます。
 お好きな本で特典を選んでみてください。
 【店舗特典・ホーリンラブブックス・まんが王・漫画全巻ドットコム様で購入した方のみ】イラストブロマイドをプレゼント。
 麻々原絵里依先生のカバーと口絵、そして本文のイラストやおいしそうな食べ物の絵が嬉しいです。
 お好きな本で特典を選んでみてください。
 楽しい本になりました。
 楽しんでいただけましたら心から幸いです。
  1. 2017/12/05(火) 23:09:16|
  2. 告知

「さあ、今から担当替えです 毎日晴天!14」11/30発売/2017年「毎日晴天!」発行物まとめ

 「毎日晴天!」シリーズ最新刊、「さあ、今から担当替えです 毎日晴天!14」が明日発売になります。
 13巻の後書きで、こっちが先に出て来たのだけど半年時間が動くので勇太と真弓が卒業となりましたと書いたその話がこちらになります。
 愉快な話にしたいなあと、思いつき、シリーズ過去ないくらいに楽しい巻になったかと思います。
 二宮悦巳先生のカバー、バースかわいそかわいい口絵、そしてイラストが本当に素敵です。
 校正していて自分で、
「すげーおもしれーな」
 と初めて言いました。
 楽しんでくださったら本当に嬉しいです。
 後日談になる特典ペーパー、「阿蘇芳秀先生の小説を読んでみよう!」はCharaのサイトを見てみてください。
 よろしくお願いします。

 今年はキャラ文庫20周年ということで、いつにもまして晴天を書きました。
 2017年の晴天シリーズをまとめます。
 昨年度まではこちらをご覧ください。

「キャラ文庫アンソロジーⅠ(仮)」2017年12月20日頃発売予定
「君の味噌汁おまえの原稿」収録
 文字通り、大河の味噌汁と秀の原稿を巡る、帯刀家の味噌を巡り巡るオールキャラです。
 おもしろいと思う!
 わたしはいつでも自己肯定が上手い。
 いやでもこれはかなりおもしろいよ。

「キャラ文庫コミカライズ・コレクション」 2017年11月25日発売
作画・二宮悦巳先生
「どこでも晴天!」
 小説Charaからの再録です。大河と秀が、真弓と勇太の学校の保護者面談に呼ばれて……という二人のスーツがとても素敵な漫画です。
「初めての夏、あの日の浴衣」
 原作書き下ろしです。
 高校一年生のときに秀が真弓に縫った浴衣。
 真弓は大学一年生になったけれど、その浴衣の行方は……。
 二宮先生の久しぶりの晴天、本当に嬉しかった。かわいいです。

「小説Chara vol.37」 2017年11月22日発売
「夫婦善哉ってなんだっけ?」収録
 大河と秀を中心にした、オールキャラです。14巻の前哨戦になります。
 秀が図太くなりました……。

「Chara Collection EXTRA 2017」
キャラ文庫創刊20周年記念全員サービス
「SF作家は遠い星から落ちてきた」
 秀が故郷に悩む物語……?
 愉快だよ。

「Charaバースデーフェア2017 プレミアムペーパーセレクション」
「次男がタイプの彼氏はファザコン」収録
 そういえば勇太は昔、この兄弟の中で一番好みのタイプは明信だと言っていた……ということは真弓の中で永遠に燻るのであった。という話。

「Charaバースデーフェア2017」
「みんな二人でなに話してるの?」収録
 大学生と社会人になって、勇太と共通の話題が少なくなった真弓が、「みんなは何話してるの?」と訪ねてきたのでそのことをちょっと考えた、龍と明信のお話。

 たくさん書いたね。
 お手元に届きますように。
 「毎日晴天!」は来年で20周年になります。
 何か楽しいことができたらいいなと思いつつ、20年目もよろしくお願いします。
  1. 2017/11/29(水) 21:54:59|
  2. 毎日晴天!

「おうちごはんは適宜でおいしい」(徳間書店)発売中

 東北のおいしい食材をわたしが全力で調理しまくる食べものエッセイ、「おうちごはんは適宜でおいしい」が発売中です。
 「小説Chara vol.37」には、「おうちごはんは適宜でおいしい・小説キャラ出張編!」を書いています。こちらは会津の郷土料理とその思い出を綴ったので、是非。

 まだ感慨で胸がいっぱいですが、やっと本になりました。本当に嬉しい。ツイートもしましたが、自著を手にして涙が出たのは初めてです。
 この本はWEBエッセイ「会津『呑んだくれ屋』開店準備中」を、抜粋してまとめたものです。
 連載は、更新し続けてくれたA-linkさんが、
「菅野さんのしたいことを聞かせてください。何ができるか一緒に考えましょう」
 と言ってくださって、様々話し合い、「東北食べる通信」に直接わたしが手紙を書き、代表の高橋博之さんにも自分で会いに行って、そうやって始めました。
 楽しい本になったのに苦労した話などお聞かせするのもとも思うけれど、知って欲しいとも思うので少し書きます。
 最近、出版を巡る状況が明るくないことは、様々目に入ってくるかと思います。
 書籍にして、東北の食材を本という形で手に取ってもらうということを目標にしていましたが、途中頓挫したことなども多く、書籍化のために出版社に企画を持ち込むということも初めて自分でして回りました。会議にかけていただいても通らなかったり、決して簡単な道のりではなかった。こういったことは普段のわたしの仕事の範疇ではないので、正直疲弊は大きかったです。この連載でなければ、あきらめたと思う。
 でもあきらめずに、企画持ち込みを続けて、不思議なことですが最終的に古巣の徳間書店が書籍にしてくださいました。
 オールフルカラーの、本当にかわいい素敵な本にしてくれた。手に取ってもらえる本になるように、担当さんも営業さんもたくさん考えてくれました。
 本にするまでがわたしの仕事と決めてがんばって、やってよかったと、本を手にしたときに涙が出ました。
 読んでいただくまでが、わたしの仕事です。
 たくさんの人の手を借りて、がんばった甲斐があった本当に楽しい本になりました。
 手に取って読んでくださったら、こんなに嬉しいことはないです。
 よろしくお願いします。

2月20日追記
根拠のない心無い言葉を知ったので、否定しなくてはならない時もあると思うのでお伝えさせてください。
明記してきませんでしたが「おうちごはんは適宜ておいしい」のWEBエッセイは、わたし、当時の担当、A-linkさん、全員全て持ち出しで連載していました。
誰にもギャラは発生していないし全員全て自腹です。
ノーギャラで持ち出しですとお知らせして連載自体を安く思われることを避けるために敢えて語りませんでしたが、東北食べる通信も普通に購読し日本酒も自分達で購入していました。
震災復興を目的として始めたので、この連載だけは特別と決めて、けれど誰にとっても簡単な日々ではありませんでした。
明らかな間違いには反論するべき時もあると思い、今回はお知らせさせていただきます。
そういう状況で全員精一杯やりました。
エッセイ本の発行に関しては通常通り印税が発生しております。
この印税は普通に美味しい東北の食べ物やお酒にしてわたしが普通に食べております。
がんばったんだよみんな!
残念な追記ですが、そんなわけでがんばった一冊を是非楽しんでやってください。

ouchi.jpg
  1. 2017/11/27(月) 09:35:19|
  2. 告知

「自分や身近な人の、耳の聞こえ方に悩む方へ」

 聴覚の真面目な話です。
 同じようなことで悩んでいる方、特に、
「もしかしてうちの子どもはそのことに悩んでいるのかもしれない」
 という方に届くといいなと思いながら書きます。
 全て自分のこと、自分の経験を通しての話になりますが、
「あ、自分もそうかも。身近な人もそうかも」
 となったときに、調べる具体的な方法、調整できるかもしれない療法が存在するので、そうしたいと思ったらご紹介した方や、同じような療法士の方にお問い合わせしてみてください。
 これを書く上で強く思うのは、自分の感覚だけを気にかけて欲しいということ。
 たとえば他者に聴覚の悩みを話して、
「気のせいでは。精神的なものでは。別に特別なことではないのでは」
 と言われても、それは一切気にしないで欲しい。耳や目のことは本当に1人1人違うので、専門家ではない他者の言葉にほとんど意味はないというのが現在のわたしの考えです。
 あなたがどんな風に音が聞こえているのかは、言葉では他者には伝わらない。けれど数値化することができます。
 読みながら「私もだ」と自分で思う部分があれば、その数字を調べてみるのもいいと思います。
 なるべく整理して書きたいけれど、何処に共感点があるのかわからないので、自分のことを一つ一つ書いていきます。
 長くなりますが、拾いながら読んでください。

 結論から言うとわたしの聴覚は、一般的な聴覚よりかなり聞こえ過ぎているという数値になりました。
 40過ぎているので聴力は普通衰えるし、実際衰えるている自覚もあるので、子どもの頃の聞こえ方は酷いものだったと思います。
 35歳くらいまでは、時折、
「音に殺される」
 という苦痛とともにいました。

 具体的なことを幼児期から順に書いていきます。
 最初に、
「自分は音に対する感覚がおかしいのだろうか」
 と思ったのは6歳でピアノを習い始めた時です。
 大きく響く高い音に、尋常ではない恐怖を覚えました。きっかけは譜面台のビスがピアノの音で振動するのを見た瞬間だったのもあって、自分でも精神的なものだと思い込みました。
「強く打鍵して」
 と言われても恐ろしくてできない。
 ピアノ教室でも家でも叱られるし、
「大きな高い音が死ぬほど怖い」
 と言っても理解はされません。
 ピアノだけでなく、音楽、テレビ、大きな音という音が恐ろしく、聞こえると過剰に心拍数が上がり、
「音を小さくして、音を消して」
 と半狂乱になることもある。
 周囲からしたら神経質で頭のおかしな子どもです。
 自分でも、自分はおかしいと思っていました。
 ピアノは続けられず、中学生になって吹奏楽部の男の子がわたしの聴覚の過敏に気づきました。
 トロンボーンを持って近づいてきて、わたしの近くで大きな高音を鳴らす。
 その恐怖で極度に怯えるわたしを、彼は多分ただからかっているだけだっただろうし、周囲もじゃれていると思っていたと思います。
 その時、彼がわたしに近づいてくる恐怖は、心拍数は極端に上がり貧血になるほどで、けれどそのことも誰にも理解はされませんでした。
 わたしも言えなかった。
 どう言ったらいいのかわからないし、ふざけているだけなのもわかっていたのです。
 彼もこんな思いをさせようとしているわけではなく、させていることもわかっていないのだろうとは思いました。なので彼のことは今も悪くは思っていません。
 このこと以外もそうですが、トロンボーンがそんなに恐ろしいと言ったら、自分の頭がおかしいと思われるだろうとも思い言えませんでした。
 その後も、音楽やテレビが無作為に掛かっている状況が苦痛で、言える相手なら消してもらい、無理ならイヤホンや耳栓をして遮断して、それは現在も変わらずです。
 音楽ならばまだいいけれと、もちろん騒音は死ぬほど辛い。
 30歳過ぎて転居した場所が騒音が辛く、
「ここに暮らしていたら死んでしまう」
 と、そこから転居を2度しました。
 無音の世界に暮らしたいと、この頃が一番音に苦しんだ時期でした。これは最初の騒音の中で数ヶ月を暮らしたことが引き金になったと、今は思います。

 最近、その音に対する神経質さが、過剰ではなくなったと気づきました。
 年齢のせいかなとも思ったけど、ここ2年ほど好きな音楽がはっきりしたので、可能な限りその音楽を聴き続けていて、ずっとかたわらにあったストレスが劇的に軽減したんだと思います。好きな音だけ聴き続けている。
 ただこれも今回聴覚を調べて色々お話しして、
「ずっと耳を疲労させてるからいいことではないです」
 と言われました。
 わたしは日常的に自宅の仕事部屋でもカナル式のイヤホンで音楽を聴いていて、耳栓も持ち歩いています。聴けない音を遮断できない状況だとうろたえるので、イヤホンが見当たらないと落ち着きをなくします。普通の狼狽ではないです。

 それらのことがメンタルのせいではなく、聴覚のせいなのではないかと初めて思ったのは、今年になってからでした。
 大分音に対する感覚がマシになったと思ったのは2年ほどなのですが、今年の頭にある男性の歌を聴いていて高音域が辛く感じました。
 元々高音域が得意な声量のある方で、スキルアップしてすごい声量で高音を出すように最近なられた。
「高音大き過ぎない? しんどくない?」
 同じ歌を聴いている方に尋ねても、しんどいのはどうやらわたしだけ。
 次に彼のコンサートに行ったとき高音を張られるところで無意識に両手が耳にいって両耳を塞いでしまいそうになりました。
 とても失礼な行為だと慌てて手を下ろして、でもそれほどこの高音が自分には辛いと自覚しました。
 その後、恐らくは絶対音感があり聴力もとても高い方とお話しする機会があって、その方が発信する音楽の話をさせていただきました。
 普段音楽を聴いて誰かに、
「こうだったよね?」
 と話しても、
「そうかな?」
 と言われることがその方だと、
「そうそう、そうなんですよ」
 と返って、やはりその音は存在すると知り、けれど多分多くの人には聞こえないのが当たり前なのだとも気づきました。
 そこでやっと、
「わたしの可聴音域は生まれつき広すぎるのでは? もしくは聞こえ方が何か違う」
 という考えに至りました。
 たとえば色盲の方は、自分の見え方が色盲ではない方と違うということに成人しても気づかないということがあります。
 誰しも自分の見え方聞こえ方が、みんなと同じ世界の色世界の音だと思っているもので、わたしもそう思っていたけど違うのかもしれない。
 けれど耳鼻咽喉科の聴力検査では測れないだろうと思っていた所に友人が、
「友達が、多分そういったことを調べて、日常に障りがあるなら調整もするという療法士をしている」
 と、その方を紹介してくれました。
 わたしが紹介していただいたのは、二村典子先生です。吉祥寺と麻布で療法士をしてらっしゃいます。
 療法はトマティスというもので、信号の出る機材を使って5つの検査をします。
 結果としては、やはりかなり聞こえ過ぎていました。
「現在の年齢でこれだけ聞こえていたら、子どもの頃は辛かったでしょうね」
 そう言われて、わたしは子どもの頃からの経験を二村先生に話しました。
 今まで仕事の取材で、カウンセリング的なもので自分のことを話す、言い当てられるというような経験はたくさんあったのですが、子どもの頃からの自分の経験や思いをあんな風に滝のようにお話ししたのは初めてでした。
 そういう自分に驚き戸惑ったけれど今思うと、
「自分にはこんなにも苦痛で恐怖である音が、誰にも理解されない。他者には聞こえていない。幻聴かもしれない。自分は心が病んでいるのではないか」
 そう思わない日が、その日までただの1日もなかったのだと気づきました。
 それは長い苦痛で、病んでいるわけではないと初めて思えたことはとても大きく、今後生きていく中でわたしには大切な安堵でした。
 惜しむらくは子どもの頃にこのことを知れたならと、心から思います。
 トマティスは本来、たとえば「さ行」が発語できないお子さんに、
「もしかしてさ行が聞こえていないのでは?」
 と調べてあげて、可能なら聞こえるように、発語できるように調整する。
 というようなことが目的の多くかと思います。
 またわたしのような聞こえ過ぎで音に過剰な恐怖を感じる子どもがいれば、その恐怖を軽減することを試みる、何より理解するということ。
 時代は常に進化して、医療や技術に対して、
「あの頃これがあれば」
 と思うことはいくつもあるし、けれどそれはもう考えてもしかたがないので普段ならわたしは考えないです。
 でもこの聴覚のことだけは、子どもの自分に与えたかった。
 一番辛かったのは、時には殺されるというほどの恐怖が、
「神経質な子どもだ」
 と理解されないことと、何より自分自身でも、
「こんなに音が恐ろしいわたしは頭がおかしい」
 と思っていたことです。
 もし身近に、
「もしかしてこの子も?」
 と思うお子さんがいたら、そんなに堅苦しい検査ではないので、試みていただけたらと願います。
 現在のわたしは過剰だった聴覚も恐らく年齢なりに衰え、
「音楽を聴くにはとてもいい耳。けれど聞こえ過ぎていることには変わりないので、自衛はしてください」
 と言われ、ならばテレビが辛い自分は仕方ないとわかったし、好きな音楽をできる限り楽しもうとそんな感じでおります。
 でも長かったなあと何度でも思う。
 自分はおかしい、音が辛い、という毎日。
 知ることができたので、ここからはまず聞こえ方について自分をおかしいとは思わずに過ごすね。
 それは本当に、とても大きな幸いです。
 残念だけど今は好きだった歌い手さんの高音が辛いけど、折り合い方を探すうちにわたしの聴力も変化するかなとそれも楽観的な気持ちでいます。理由がわかったから。
「何か音楽をやらないんですか?」
 二村先生に訊かれました。
 よく聴こえているなくらいには思っていたので自分でもたまに不思議に思うけど、全く奏でられないいつでも聴くのみ。ピアノも怖かったというのもあり。
 音楽はただ聴くために生まれてまいりましたよ。
 これからも楽しみたいです。

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 今回わたしがお世話になった、二村典子先生のホームページです。
 私は一音聴いてから押している自覚がありました。
 二村先生が、
「本当はもう一音前に聞こえていますよね。ですからこのグラフより上になります」
 とおっしゃって、本当にきちんと診てくださっているのだなと驚きました。
 とても優秀でやさしい、楽しい方です。
  1. 2017/09/25(月) 21:23:45|
  2. 日記
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