菅野彰

菅野彰の日記です

「私の変な美容師四回目くらい/ららはぴvol.14発売中」

 ちょっと前の話ですが、久しぶりに総武線というか中央線沿線の、私の変な美容師に髪を切って貰ってきました。
 予約の時間に、私はちょっと遅刻をしてしまい、入店したときから慌ててはいました。あわあわしながら席に着き、
「この間、どうだった?」
 と、聞かれたので、前回友人の誕生日会で彼が私の髪を巻いてくれたことかと思い、
「え? ああ、大好評だったよ」
 ちょっと盛ってそう答えたら、
「そうじゃなくて、誕生日会」
「ああ! 盛り上がった! ありがとう、お陰でティアラ買えたよ」
 ティアラのことは、九月辺りの日記参照。
 そんな具合に最初話が噛み合わなかったので(と、いうか彼とちゃんと話が噛み合ったことはないような気がしますが)、
「私……まともに人と喋るの、ほぼ一ヶ月ぶりなんだよね」
 謙虚にそうカミングアウトしたら、
「ああ、どうりで……」
 やつは本当に失礼な相槌を打ちました。
「まあ、そういうことなら思い切り喋っていって」
 と、言いながら彼は10分くらい無言で私の髪を弄っていました。
「あのさ、さすがに私も一人では喋れないんだけど」
 あまりにも長い沈黙に訴えると、
「だって僕、一ヶ月も人と話してない人と何を話したらいいのかわからない」
 そう言いながらも彼は、
「年末は忙しいの?」
 とか尋ねて来たので、
「美容院も忙しいんじゃないの?」
 と、尋ね返したら、
「今時の若い人は、年の瀬だから髪を切ろうとか思わないらしいよ」
 さらっと熟女に失言。
 ええ、いえ私若くないですけど、でも。
「いや、若い人って、すごく若い人の話ね」
 失言に気づいた彼、カサブタを剥く。
 噛み合わないながらも、私が住んでいる辺りがどんだけ田舎かという話になりました。この秋には私の仕事場の700メートルくらい先で、おばあさんが熊に殺されてしまいまして、不謹慎ながらその話をしました。
「目茶苦茶怖かったよ」
 その時の恐怖を語ると、彼はどういう思考回路なのか、
「あのさ、熊に襲われるってちょっと、普通ないことじゃない? 保険金ちゃんと下りるのかな? 僕が仕事中に熊に襲われたら労災扱いだと思う?」
 普通にそう尋ねて来ました。
 知るか。
「でも僕の田舎も、ものすごいど田舎だよ。信じられないくらい家が古くて、家がぎしぎし言っててさ。うちのばあちゃんがすごい静かに歩く人だったんだけど、騒ぐと目茶苦茶怒られたなあ」
 ほのぼのと、彼のおばあちゃん話が始まりました。
「お茶の名産地なんだけどね、子どもの頃茶柱立ったことあって、嬉しくて。そんでばあちゃんに見せたら」
 なんで私は、どんないい話が始まるのだろうとか、一瞬でも思ってしまうのでしょうか。
「茶柱が立つようなお茶は、古くて悪いお茶だって言われてね」
 おばあさま……。
「蛍がいたんだよ、子どもの頃。そんくらい田舎で。ばあちゃんが蛍を見に連れてってくれたんだけど」
 それでも私は期待する。
「蛍かもしれないけど、まむしの目かもしれないって言ってさ、ばあちゃんが。なんでそんなところに子ども連れてくんだろうね。そのまむし噛まれたら即死するくらいの猛毒持ってるんだよ」
 おばあさま……。
「今も実家、ぎしぎし言ってる」
「じゃあ、お父様とお母様がご実家にいらっしゃるの?」
「え? ばあちゃんも生きてるよ」
 なんかね、上手く言えないんですけど、亡くなったおばあさまの思い出話に私には聞こえたんですよ……失礼しました、おばあさま。
「で、ばあちゃんがさ」
「厳しいおばあちゃんが?」
「静かに歩くばあちゃんだよ」
 私の問いかけを、彼は言い直しました。
「耳が遠くなっちゃってね。もう全然聞こえなくて、僕の言うことなんか」
 ちょっと悲しい話が始まったかと、思った訳ですよ私は。
「会う度どんどん小さくなって、兄貴の嫁さんが大きい声で通訳してくれるんだけど、それが悲しくてね」
 そうか、おばあさまは大分はかなくていらっしゃるのだなと、しみじみ聞いてしまったんです。
 そしたら、
「ばあちゃん耳聞こえないのにカブ乗ったら危ないよって、言った瞬間にはブーンって走り出してるからね」
「は?」
「危ないよね、耳聞こえないのにカブ乗ったら」
 会う度どんどん小さくなるおばあさま、カブをぶっ飛ばしてらっしゃるそうです。
 ひとしきりおばあさまの話を聞いて、最後はディズニーシーという公共性の高い話題になりました。
「ミッキーマウス見たことない」
 そう彼が言うので、
「私二月に行った時に、ツェペットじいさんと写真撮ったよ。ピノキオと歩いてたんだけど、ツェペットじいさん人気がなくて写真撮れた」
 一応、自慢しましたら、
「それは何? 憐れみでツェペットじいさんと写真撮ってあげたの?」
 と、咎められました。
 私が悪かったよ。
 仕上げに何か、ドライ用のオイルみたいなものを付けてくれました。
「付けていい?」
「いいよ」
 そしてドライヤーを掛けてから彼は、
「これセレブご用達のドライオイルなんだって、本当かどうか知らないけど。だいたいセレブって誰なんだろうね」
 相変わらずの商売下手を発揮して、
「椿油、続けるといいよ」
 椿油で充分と言ってくれたので、椿油を続けようと思います。
「おばあさまに、カブ乗らないようにお伝え下さい」
「言っとく」
 何屋に来たのかわからない挨拶をして、お店を出ました。
 相変わらず、やつの切る前髪はとても短い。


「ららはぴvol.14」発売中です。食べ物エッセイ「旬はヒト時」連載中。今回のテーマは「生牡蠣」です。
  1. 2012/12/18(火) 20:00:00|
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