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菅野彰

菅野彰の日記です

「私の変な美容師三回目くらい」

 先日、また私の変な美容師に散髪して貰って来ました。さすがに彼も、
「あれ? 僕のこと覚えてる?」
 とは、もう言いませんでした。覚えて頂いて光栄です思い切り客商売だが彼は。
 今回は時間がなかったのでカットだけで、髪を切って貰っている間、彼には雑談と営業という苦行が待ち受けていました。
 前に書きましたが、彼は特に必要のないものを売りつけて来ません。
 ところが今回席に着くなり彼は、何かCDが掛かったかのようにとうとうと喋り出しました。内容は、
「9月いっぱいまでヘッドスパを1500円という格安で体験できる」
 と、いうもので、
「ふんふん」
 と、聞いていると、
「興味ないよね? でも9月中また来たら、僕またこの話しないといけないから」
 あはは、と、彼は笑いました。向いてないね営業。どうやって支店長になった。
「前髪短くしていい?」
 彼が前髪を切りたがったので、
「いいよ」
 と、任せました。
 彼のもう一つの向いていないこと、雑談になり、何故か「サザエさん」の話になりました。
「色々、つじつまが合わないと思う」
 そう彼が言うので、
「私一巻を読んだことがあるけど、戦後直後の話だったよ。だから今とは噛み合わないんじゃない?」
「そうなの?」
「うん。私が読んだ話は、アイスキャンディー売りが来てカツオが欲しがったら、サザエさんが『赤痢になるから駄目よ』って話だったもん」
「へえ……僕が読んで印象に残ってるサザエさんはね」
 彼は語り始めました。
「サザエさんちで、鶏肉食べてんの」
「うん」
「みんな悲しそうなの」
「なんで?」
「飼ってたニワトリ、絞めて食べたんだろうねえ」
 それが彼の、我が心の「サザエさん」話。
 その後、ジェネレーションギャップの話になりました。
「お店の若い子達とカラオケ行くと、若い子達の歌ってる曲が全然わからない」
 ごく普通のことを、彼は言いました。
「でもすごく年上の人とも、話が合わない時があって」
 はっきりは知らないのですが、彼は三十代後半だと思います。
「どんな話?」
「健康とか病気の話は、まだついて行けるんだけど」
「そうだね、そんな話も出て来るよね」
「墓石の話には、ついていけないなあ」
 真顔で言われて、私は店に響き渡るくらい爆笑してしまった。
「御影石がいいとかさ」
 よく聞いたら「日本美容師協会」で、七十代ぐらいで現役の美容師さんと飲むことがあるのだそうです。
 私は髪を切って貰ったその日、友達の誕生会でした。
「私幹事だから」
「え、幹事? 向いてそうもないけど、幹事なんだ?」
 大概失礼な男です。
「幹事だから、飲み過ぎないようにしなきゃと思うんだけど、飲み始めると飲んじゃうんだよね。気をつけないと」
 相当飲むメンツによる誕生会だったので、私が独り言のように呟くと彼は、
「酒は飲みたいだけ飲んだらいいよ。浮き世の憂さを忘れるために」
 なんだからしくないことを、言いました。
「浮き世の憂さなんかあるの?」
 ええ、私も大概失礼です。
「僕、中間管理職だから。腑に落ちないことばっかりよ、上からはやいのやいの言われて、下からはつつかれて」
 全く、彼は中間管理職には確かに向いていない。
 そこから、お互い酔うとどうなるかという話になり、私はご陽気になると言いました。彼は、
「僕、ぼそぼそ喋るじゃない」
 と、言うので、
「そうだね」
 と、答えたら彼は、
「あのね○○さん(私)、こういうときはね、そう思ってても普通は、そんなことないよって言うもんなんだよ」
 なんだよ突然、おまえにだけはそんなこと言われたくないよ、さっき私が幹事だと言ったらなんと言った君は。
「まあでも、酔ってもぼそぼそ喋るらしいよ」
 なんじゃそら。
「お誕生日会、サプライズとかしないの?」
 彼は尋ねて来ました。
 私は丁度その事で朝から悩んでいたので、
「頭にティアラの一つも乗っけてやろうかと思うんだけど、いい年をしてそんなことしたら駄目かしら」
 相談するべきではない相手に、相談をしました。
「僕はね、誕生日にティアラを頭に乗せられたら、それを用意してくれた友達のその気持ちが、有り難いと思うと思うな」
「そう?」
「そこにLoftあるよ」
「ありがとう、買っていくわ」
 私はLoftで子ども用のティアラを買って、お誕生日様の頭の上に乗せた次第です。
 そんな彼ですが、この日、初めて私に、嘘と言うか、思っていないことを言いました。
「誕生日会、随分ちゃんとやるんだね。節目?」
「そう、節目」
「ふうん」
 しばらく、彼は考え込みました。女性に対して、年を若く見積もるのは礼儀ですよね。ましてや彼は美容師です。
「さ、さ、さ……さんじゅう?」
 言えてないし!
「四十だよ!」
「あはは、だと思ったー」
 そして彼は誕生日会ということで、私の髪をとてもかわいく巻き髪にしてくれました。それが気に入ったので、
「今度パーマ掛けたいな」
 そう言ったら、
「○○さんには再現不可能だから、スパイラルパーマ掛ける?」
 私には始末できないからゆるふわパーマは、掛けてくれないとのこと。
 帰り際、
「女十人の誕生日会なの? すごいね。ちょっと待ってて」
 自分の名刺に手書きで彼は十枚、「10%オフ」と書いて、
「配って来て」
 と、くれました。
 お、出来たじゃないの営業。
 でもこの走り書きの「10%オフ」、本当に有効なのかい、Sくん。
 楽しいのでまた行こうと思います。
 ちなみに彼にほぼお任せで切った私の髪型は弟曰く、
「お姉ちゃん若くなった……てゆかそれ子どもの髪型じゃない!?」
 とのことでした。
  1. 2012/09/05(水) 19:21:15|
  2. 私の変な美容師