冒頭に記しておきますが、私は物理的に他人を八つ裂きにしたいと思ったことはこの歳になるまでなかったように思います。
ある花屋が私に新しい感情を教えてくれた。
エッセイ「海馬が耳から駆けてゆく」の中で最近も書いたのですが、女子短大の同期Rの長女、Nが先日十八歳になりました。この間久しぶりにNに会ったら、健やかで朗らかでとてもかわいい、かわいいかわいい……かわいいふじょしになっていました。私の本をお友達に勧められて読んでくれています。Nの母親の友人である私の複雑さは一言では語れないけれど、同業者ならきっと、
「心中察して余りある」
と、思っていただけるのではないかと思います。
私もふじょし。私の小説の読者さんもだいたいふじょし。友達もふじょし。でも赤ん坊のときから知ってる十八歳に、自分の著作物読まれるのは普通に照れます。それとこれとは話が別なのよ。
それはさておき、私の同級生友人の最初の赤ちゃんが産まれたのは十八歳のときでしたが、そのときはこちらも学生なので、
「わー! かわいい! 赤ちゃん!」
みたいな感じで、ちょっとお祝いがんばって包んで、みたいな感じでした。
Nが生まれたときは私はもう今の仕事を始めていて、なんというかこう、すごい張り切ったんです。ゼミの今も親しい友人たちの中でお母さんになったのはNの母親のRだけだったし、大切な友人であるRに赤ちゃんが生まれて、私はそこそこ仕事もしている。
とにかく嬉しかったし、経済力もついてきたのでそれに任せて張り切りました。
Nが生まれたお祝いの席が設けられることになったのですが、私はその頃若さと体力に任せて仕事しまくっていたので、原稿が終わらず行けませんでした。
それでも私はNの誕生を、どうしても全力で祝いたかった。
一つ私は、大きな夢を見ました。若さが見せたはた迷惑な夢だと思って、そこは堪えて聞いてやってください。
シンボルツリーを送ろうと思ったんです。
Rが嫁いだ先が広い庭のある大きな家だということは、知っていました。
ならその庭の片隅に、1メートル超えくらいの木を送ったら植えてもらえないだろうか。
花の咲く木がいい。Nと一緒にその木は少しずつ大きくなって、いつかNが二十歳になった日に、この木はNが生まれたときにやってきて、Nと同じだけ生きてこうして花を咲かせてるんだよ。
そういう夢を見たんです。
私はその頃、都内に懇意にしている花屋のKさんがいたので、彼に相談しました。
この夢を彼に語り、
「でも桜はさすがに大迷惑だと思うの。虫がついて手入れが大変だし最終的にはかなり大きくなるし。花の咲く、娘と一緒に大きくなる木。いいのを選んで送ってくれる? 予算は三万円くらいで」
こうお願いしました。
三万円か豪気だなと思われるかもしれませんが、そんくらい私はNの誕生を祝い倒したかったんです。
「わかった」
Kさんは言いました。
結果、祝いの席に届いた巨大な花の咲く木、木?を見て、ゼミの友人たちから私は大罵倒されました。
「赤ん坊の生まれた家にあんな巨大なサボテンを送ってくるなんて、なんという非常識なことをするんだ!」
「しかもなんかおどろおどろしいサボテンで、夜中にあの緑が伸びて触手みたいになってNの世話をしそうで本当に恐ろしいサボテンだった!」
「何考えてんだおまえ!」
目茶苦茶怒られました。
梅とか木蓮とか金木犀とかの中からいい苗を選んでくれると思い込んでいたので、「何をわかったって言ったんだあなたは!!」と私が花屋のKさんに盛大に文句を言うと、
「えー? かわいいと思ったのにー」
Kさんは大変不満そうでした。
このみんなから聞いた話だけでも私は充分、ごめんねN……そしてR、とは心から思ってはいました。
そこから十八年のときが経ち、最近ゼミの親しい友人五人で、グループLINEをやっています。
なんだか流れで、LINEでこの話になりました。
そしたらRが、当時フィルムで撮影してピンぼけだけれど写真があるのと、その写真をLINEに何気なく貼りました。
私はこのときに、初めてそのサボテンを見ました。
かわいいNが生まれたお祝いの席に、私が送ったという花の咲くサボテンを十八年目にして初めて見たんです。
ピンぼけですが、いっそそのピンぼけが救いのような実物の写真がこちらになります。

1メートル超えです。
私は絶句して、しばらく声が出ませんでした。
やがてLINEに書き込みました。
「ねえ。初めて見たんだけど。みんな、私のことどう思った? 私は花屋にシンボルツリーを送ってくれって言ったのよ。あの花屋八つ裂きにしてくれるー!!」
動悸息切れ目眩、誰か球心を私の口に入れてくらい取り乱しました。
「見たらわかったと思うけど安くもなかった。それなのに無駄どころかマイナス以外の何物でもないこのサボテン! は、花屋!!」
私が動揺しているとRは言いました。
「そう、すごく大きかったから高かっただろうなって思った。花はもっと咲いてきれいで、祝ってくれる気持ちがありがたかったよ。Nがつかまり立ちするようになって場所を変えたら棘が時々落ちて来て足に刺さって痛かった。存在感はすごかったよ」
Rは私からしたらもうマリア様みたいなもんですよ……。
「みんなも……よく赤ん坊の祝いの席にこんなものを送りつけた私と今まで友達でいてくれたね。こんなの東の魔女のすることよ。みんな友達でいてくれて本当にありがとう。こんばんは東の魔女です。このサボテンを送ったせいで、Nは若干ふじょしになってしまったのかな……」
私が一人で十八年目の大反省大会をしていると、しばらくしてRが書き込みました。
「Nにそれ言ったら、若干じゃないよって言ってたよ」
私はもうどうしたらいいのかわからない。
そういえば花屋のKさんは、一度私の誕生日に何故か大きな花束を持って訪ねて来たことがありました。
玄関先で母にそれを託して帰ってしまい、
「わけのわからないことをする人だな。Kさん」
と思っていた。
二十代の私に男性が花束を届けに来たので母は舞い上がり、
「あの人と結婚しなさいよ!」
そう喜びましたが、Kさんには妻子がありました。
「お母さん。あの人は素敵な(見た目は良かった)人だけど、妻子がいるのよ」
母に告げると母からは、驚きの答えが返ってきた。
「贅沢言わないの! 人間には欠点の一つや二つあって当たり前よ!!」
私はこの母の衝撃発言の方が心に残っていましたが、今思えばKさんは、謝罪に花を置いていったのだなとサボテンの写真を見て確信しました。
ごめん花束ごときで許せるとでも思った? 私は十八年目にしてあなたを本当に八つ裂きにしたい。
何を考えていたの!? あなた一体何を考えてこのサボテンを赤ん坊へのシンボルツリーに選んだの!?
今すぐ襟首掴んで問いただしたい。
このとき少し遠方だったRの嫁ぎ先まで、Kさんは直接この呪いのようなサボテンを届けに行ってくれました。
当時私は大層感謝しました。その感謝した心ごと返却して。
けれど彼はその後家族で、実家で花屋をやると言って九州に帰ってしまいました。
今年は角館、羅臼、台湾、に旅行したい私なのですが、急遽今そこに九州が旅行候補地最上位に絶賛浮上中。
花屋に会いに、私は今この瞬間にでも九州に旅発ちたい。
- 2016/03/04(金) 16:46:59|
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