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菅野彰

菅野彰の日記です

「プロにただ働きさせるとどういうことになるかという一例」

 私自身は、どんなに魅惑的な仕事でも、震災復興関連以外は絶対にノーギャラでは働かないことにしています。
 極端な話、
「一番好きな役者の主演映画の脚本書かせてあげるよ。どんな目にあわせてもいいよ」
 と、言われたとしても(言われないけど例だからね!)、ノーギャラだったらやりません。
 ただ働きしない理由は、対価が払われていなければ、クレジットに責任が負えないから。そのコンテンツを購入した人に、「おもしろかった」と言われて喜ぶ権利も、「つまんない」と言われて胸を痛める権利もなくなるからです。
 私個人としては、それだけです。

 この間、医者ではないのですがまあそんな感じの人と、電話していました。
「ねえ、その、『んっ』ていうの気になる。どうしたの?」
 そう言われました。
 これは、私から仕事をさせたわけではないです。
「ああ、風邪じゃないんだけど。この間からなんか喉が痞えてね。なんだろうな? 自分でも気になるんだよ」
 詳しく症状を聞かれて、最近忙しいのかとか慣れない仕事をしたんじゃないのかとか、諸々尋ねられました。
「薬局に行くと、半夏厚朴湯っていう喉のストレス性の症状に効く漢方売ってるから。試しにそれ飲んでみて。それで治らなかったら医者に行きな。今はたいしたことないと感じてるかもしれないけど、放って置くと大変なことになるから」
 なるほどストレス性なのかと、私はそういう面で彼女を信頼しているので、翌日薬局に行きました。
 探しても探しても見つからず、
「半夏厚朴湯は何処ですか?」
 薬剤師さんに聞くと、レジの裏の棚にありました。見つからないわけだ。
 箱を手に取って、薬剤師さんが固まりました。
 箱には大きく、「半夏厚朴湯 不安神経症の方へ」と書いてある。
 それは私自身も、「え? 私不安神経症の方ですか?」と戸惑うぐらいの太文字ゴシック体でした。ストレス性の喉の痞えだと、私の話を聞いて友人が判断したことは充分理解していたのですが。
 若い女性の薬剤師さんは、私の顔を見て言いました。
「何か、不安ですか?」
 彼女は大概失礼ですが、私がふくふくと幸せそうに見えたのでしょう。実際紅葉を見た帰りで、浮かれていました。
「ええと、特には」
「ですよね」
 間が悪いことに私はそこで、ちょっと咳き込んだんです。風邪っぽい咳をしました。
 そしたら彼女は、
「喉が悪いのは風邪のせいではないですか? 麦門冬湯じゃないですか?」
 と、私に麦門冬湯を渡しました。
 風邪の咳などに効く漢方です。飲んだこともあるし、半夏厚朴湯より安い。
 つい雰囲気に流されてしまい、それを買ってしまいました。
 夜、ちゃんと買って飲んだかと、友人が電話をくれました。
 この顛末と、故に今手元にあるのは麦門冬湯であることを話しました。
 彼女は言った。
「明日薬局に行ってその薬剤師に、おまえのその浅すぎる知識と浅すぎる人生経験で勝手に患者の薬を変えたことを一生後悔させてやると言えー!!」
「そこまで言えば私は間違いなく不安神経症認定されて、半夏厚朴湯を売ってもらえるだろうけど言いたくないです」
 置いてある場所はわかったので、翌日そっと買って来ました。
 やはりストレス性だったらしく(私だってストレスくらい感じることはあるのだ!)今もう喉の詰まりが取れたので、友人には感謝していますが、ただ働きすると仕事中には出ない言葉も出てくるという話。

 編集をしている友人がいます。今まで一度も仕事をしたことがない編集です。
 仕事柄、仕事はしたことがないという編集の友達は多いと思います。
 この間私は、物語の最後の顛末に行き詰まって、彼女に相談しました。
 自分の担当さんに相談しろやという話ですが、立ってる者は親でも使え理論で、そこにいた友人に相談しようとしました。彼女は優秀な編集者であることも知っていたので、相談に乗れよと気軽に頼みました。
「最近Twitterで大流行の、友達のデザイナーに気軽にただで仕事を頼むなリツイート見てないの?」
「うるさいな。私はリストに友達と仕事関係入れてるだけだから、タイムラインがないんだよ。世間のことなんか知るか。ダメ出ししてよ」
「やだよ。ダメ出しなんて、仕事でもう充分疲れてるよ」
「そこをなんとか。30分でいいから。あと一息、自分一人で考えてても全然ここから前に進まないんだよ」
 無理矢理相談して、「こうこうこういうあらすじなんだけど、ラストがどうもイマイチで」という話をしました。
 友人は、
「そもや物語とは何か」
 という話を、いきなりとうとうと始めました。
 悪いけどそんな話聞いてる場合じゃないんだよこっちは、と思い、そこから口論になりました。
「そもそも論は今はどうでもいいんだよ!」
「そのあらすじに一つも楽しみを見つけられないし、テーマもわからない。どちらかを出してくれば、そもそも論なんかこっちだって言わなくて済むんだよ!」
「自分の担当作家にもその態度なのか!」
「担当作家じゃないから本当のことを言ってやってんだ! 担当作家ならもっと丁寧に扱うわ!」
 大喧嘩になるも、本当のことを言われたおかげで私は、「あ、テーマが行方不明だこの話」と気づくことができて、しゃくだったけど最後には礼を言いました。

 彼女は彼女で、私がある創作物に夢中になっているところで、横から話し掛けてきて、
「なんか書かないスカ」
 とか言って来ます。
 こっちはその創作物に夢中なので、話しかけるなようるせーなと思いながら、
「ああ、いいよいいよいつでも書くよ」
 と、適当な返事をします。
 彼女は私のこういう適当さをよく知っていて、この何かに夢中なところをわざわざ狙って仕事の話をしてくるんです。
「原稿料いくら?」
「ピンキリだけど、まあだいたいこんなかな」
「うち弱小なんで。ちょっとお勉強してよ、せんせー。五分の一くらいでどうよ」
「安すぎだろ。せめて半分は出せよ」
「まあまあそう言わずに」
「値切るなよ人の原稿料を」
 冗談に見せかけて、言質を取りに来るんですよ。友人は。

 こういうことは多分、この編集の友人と私がもし実際に仕事をすることになって、会社が絡んで会社から私たちにそれぞれ対価が支払われた場合、全く向き合い方が変わると思います。
 彼女は真摯に丁寧に私の相談に乗るでしょうし、原稿料の交渉は彼女とはせずに会社相手にするから、決定すればその後はお互い遠慮も文句もないです。
 円滑に平和に仕事をしたいときは、ちゃんと見合ったお金を払い、見合ったお金をもらいましょうという一例の話でした。
 友達にただで仕事頼むということは、仕事も友達もなくなるハイリスクを孕んでいるのだ。
 ああ良かった編集友人と仲直りできて。
  1. 2015/11/15(日) 17:46:45|
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