菅野彰

菅野彰の日記です

「朝彦と夜彦1987」を終えて/スタッフさん

 半信半疑がたたって、最初は後半だけ観ようとしていました。
 なんか怖かったんです。始終この物語ことを考えていたわけではないけれど、ずっと自分の中にだけあった物語が、どんな風に紡がれるのかを観るのが多分、怖くて。
 でも十二年も待ったのに初日も観ないの? と、逡巡の末思い直して、結局ゲネプロから千秋楽まで、ずっと観ていました。
 様々大きかった私の不安を(度々申し上げますが、私多分基本はそんな人間じゃないと思うんですよ……)、最初に簡単に溶かしてくださったのは、劇場にいたスタッフさん達でした。
 劇場にいらしたみなさんが触れ合った、そのスタッフさん達です。
 受付や物販、客席の案内をしてくださっていたみなさんです。
 丁寧だし、とてもお芝居が好きで動いているのが、感じられました。
 最初に釘を刺されていたのですが、みなさんとても作者を尊重してくださるから逆に気をつけるように言われていたのに、度々気を遣わせてしまいました。
 私の関係者の数が異常だと(みんなチケット代払って入ってくれたよ)企画さんに言われましたが、それは私は劇場で毎日感じていたことで、少しスタッフさんに申し訳ない気持ちもありました。でもそれも負い目に思わずに済んだのは、スタッフさんの気負いのなさと、友人達の気遣いでした。
 受付をしてくださったのは、たまたま私と同郷の方でした。
「あの、私も会津なんです」
 そう話しかけてくださって、嬉しくて色々お話をしました。
 最後には嬉しい誤算で、当日券の抽選販売になりました。
 本当にごめんなさい。入っていただけなかった方が、何人かいらっしゃいました。
 それが私は気になって、
「みなさん入れましたか?」
 と、受付の方に毎日訊いていました。
「今日は何人かの方が、入れませんでした。座布団敷いて通路に座っていただけないかと劇場と交渉したんですが、それは無理で」
 そんな風に、観たい方が一人でも入っていただけるように、スタッフさん達は必死でした。当たり前です。みなさんお芝居が大好きだから、観たい方の気持ちがきっと痛いほどよくわかるんだと思います。
「ごめんね、入れない方の気持ち受け取るの辛いよね」
 受付の子に、謝りました。
「大丈夫です」
 笑ってくれた彼女の顔は強くて、でも千秋楽はやっぱり少し辛そうに私には見えました。私にはです。彼女はずっと力強い笑顔でした。
 最後に、伝えられる限りの方に私の気持ちを伝えたいと思って、言葉足らずですがお伝えしました。
「ゲネプロまで私は、もしかしたら不安しかありませんでした」
 申し訳ないと思いながらも、打ち明けました。
「みなさんにはお芝居を打つことが日常でも、私にはとても長く眠らせていた戯曲の、初めての上演で。劇場に入って、それが日常の方と自分との温度差を感じたら辛いだろうななんて、そんなことまで考えていました」
 正直このときは、土下座したいような気持ちでした。
「愛情を持って、丁寧に一つ一つ考えてくださって、全くそんな思いをすることは一度もありませんでした。本当にごめんなさい。ありがとう」
 頭を下げたところで、企画さんがエレベーターを降りてきました。
「この子たちにごはん食べさせたいんだけど、残れます?」
 なんか今生の別れぐらいの勢いで頭を下げたところだったので、私はとても恥ずかしかったですよ。
 とても頼もしかったスタッフさんたちと最後にごはんを食べて、みんなが次の現場に向かうのを感じて、気持ち良く赤坂見附を離れられました。
 何をするにしても、私も明日からまたがんばろうと思えました。
 私は真面目に喋ると、友人達には政治家の答弁みたいだと罵られます。
 劇場では、企画さんが私が何か言う度に、
「また校長室になってる」
 と、笑っていました。
 何がいけないんだろうか……私思ってないこと言わないからね!
 私の感謝の気持ちが、どうかみなさんに真っ直ぐ伝わっていますように。 
  1. 2015/11/06(金) 01:19:07|
  2. 朝彦と夜彦1987