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菅野彰

菅野彰の日記です

「八年目の気持ち」

 東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、被災された皆様にお見舞いを申し上げます。

 七年目、六年目の日記を今自分で読み返してみて、一年ごとに気持ちが大きく変化していることを改めて知ります。
 それはわたしだけではないだろうし、前に進めず苦しんでいる人もたくさんいる。
 一人一人この日の思いは違うと、八年目のわたしはそのことを去年よりも考えています。

 ここ、福島県にいて。1年に一度か二度、津波の被害に遭った海辺を歩いて。
 風化という言葉があるけれど、八年目がやってきて変化はたくさん感じてる。
 多くの人が前を向いている。わたしは向いている。
 でも留まっている人を忘れずにいたい。置いていかないよ。忘れないよ。

 そういう中、
「もう風評被害と向き合うことに時間を割くことを減らす。消費者となってくれる人に、どうやって安全でおいしいものを届けるかということに向き合う」
 という具体的な動きに、七年目からはわたしも切り替えました。
 買わない人は買うことはないのだろうし、風評被害を続ける人は続ける。
 そのことは動かないようなので、前向きに消費者と向き合いたい。
 数値の改ざんがあったならそれは福島県に住んでいるわたしにとって大きな問題なので、数値も見て行く。それを追って伝えるのは、一番にはここに住んでいる人々、身近に顔が見える子どもたちのためです。
 風評被害と向き合う時間は減っても、それが差別に向かったときはわたしはまだ向き合う。いつまでも、差別とは向き合う。
 そのことについて堅い話を最後にするので、読めたら読んでね。

 その前に少し堅くない話。
 七年目の気持ちに、「祈りを取り戻した」と書きました。
 1年の間に様々思うところあり、その祈りは「ぺっ!」ってお返ししました。
 誰に返したのかもわかんない。重い気持ちではなく、「ぺっ!」て返した。
 その「ぺっ!」て返した気持ちは、震災の一週間後に「わたしはもう祈らない」と決めたときの凄惨な気持ちとはかけ離れた、軽い気持ちです。「いらないこの祈り」くらいの軽さ。
 突然のようですが日本語って、ちょっと難しくない? 曖昧な部分が多い。わたしはそれって、良くも悪くも日本人の気質にあった曖昧さなんだと思う。ふわっとゆるく「まあいいか許しちゃおう。まあいいかなあなあで」という気持ちに即した言語なんじゃないかなって、思ってる。説明できない気持ちみたいな言葉、日本語にはたくさんある。英訳できない言葉。グレーゾーン対応がSNS以前は曖昧にできていた部分も大きかったと思うので、いいところでもある。白黒つけなきゃいけないことをつけないという意味では、悪いこともある。善し悪しかな。
 日本語はそういうものだとわたしは思っているので、時々、英語の方がわかりやすいなっても思います(はっきりさせておかなければならないけれどしゃべれないよ!)。
「私は祈る」
「I pray」
「私は祈らない」
「I do not pray」
感覚かな。わたしにはこういうときは、英語の方がわかりやすい。
「『I』はわたし以外の何者でもない」
そうはっきりわかる。
祈るのもわたし。
祈らないのもわたし。
それはわたしの話で、わたしのことはわたしのことでしかない。
人と生きていて、たくさんの人に力を借りて、交わって、別れて、話をして、そういう中でわたしの何かを決める。
人と生きているけれど、決めるのは「わたし」。
決めた結果もわたしのこと。
なので「ぺ!」って返したけど、それはわたしのことなのであった。
わたしのことはわたしのことだとと思えているのは、わたしにはよいことです。
ほら日本語って難しい。
わたしは祈らないけど、それはわたしのことなのはわたしにはとてもいいことです。
伝わるかな。

 では、堅い話をさせてください。
 わたしもしかしたら来年はここに住んでいないかもしれないので、ここを離れて気持ちが離れてしまうことを少し不安に思っているから。福島県の人である今のうちに、堅い話です。
 もしよかったら、今日じゃなくてもいいからおつきあいください。
 福島県に住んでいるわたしには、原発と風評被害には強い当事者感情があります。
 その当事者感情によって、認知が歪んでいたと気づいたのは去年のことです。
 福島県の数値について大きな声を上げる方は、脱原発派、リベラル、左派、反現政権、野党派の方々であることが多い。
 わたしは強いリベラルです。リベラルには様々な解釈があるかもしれないけれど、わたしが唯一絶対に許容しないのは「差別」です。
 そして人はわたしを左派だと思っているかもしれません。そうした言葉でSNSなどで非難されることはままあります。
 わたしは今、左派でも右派でもない。与党でも野党でもない。逃げではなく本心です。
 わたしは、差別を許容しないリベラルです。
 福島県への風評被害と、脱原発は一枚岩になっていることが多い。
 現政権と与党批判のために脱原発が語られるとき、福島県への風評被害が巻き込まれていることがとても多い。
 けれど「脱原発」と「風評被害」は、「痴漢えん罪」と「痴漢被害」のように、よく似て見えるけれど全く真逆のことです。
 わたし自身は今、この災害大国の島国である日本には脱原発は必要だと考えています。震災で福島第一原発に起こったことは終わりが見えず、その犠牲になっている方々をまっすぐ見たら、代替エネルギーについて真剣に考えなくてはならないと思う。
 それでも、脱原発のために誰一人として犠牲になってはならない。
 脱原発の声を上げて与党批判をしているときに、それが福島県民への差別に繋がっていることに、せめてリベラルならば気づいて欲しい。
 沖縄の米軍基地問題を追っていると、
「何故、日本に米軍基地を置くという日本の問題なのに、沖縄県民が分断されこうして疲弊した挙げ句、批判も受けるのか」
 その問題のずれに、ジレンマを感じます。
 脱原発も同じ。
 原発によるエネルギーは、福島県にだけ供給されているわけじゃないよ。脱原発も原発維持も、この国全ての人に関わる問題。
 FUKUSHIMAのことじゃない。
 脱原発と原発推進に声を上げている両方の人々に気づいて欲しいと、堅い話をしました。
 どの政党支持者も「福島県と脱原発と風評被害」を、政党支持や政権批判のために引用するなら、その先に「生きている人間」が存在していることをいちいち思い出して。
 お願いだから一人一人の顔を見てみて。
 原発推進派なら、現在福島第一原発の被害によって少なくとも4万人(正確な数字は推移しているので調べてみて)を超えている人々が避難生活を送っているからその一人一人の現状を思い浮かべて。廃炉作業をしている人の顔を思い浮かべてほしい。
 脱原発の声を上げるのなら、「福島県の放射能被害が」と裏打ちされていない衝撃の大きい数値や状況を言葉にする前に、ここに住む子どもたちが将来結婚や出産のことを不安に思っていることを知って。その言葉を聞いてください。
 そういうお願いです。
 じゃあどうしたらいいのかといえば、わたしは代替エネルギーで可能なのか検証して脱原発を目指すことだけがゴールだと思う。
 ゴールのために犠牲者は必要ないです。
 とても堅い話でした。
 堅い話でごめんなさいとは言わない。
 これが福島県に住んで日々子どもたちの顔を見て暮らしているわたしの、八年目の当事者感情です。
 感情を込めた、目指したい現実的なゴールです。


 堅い話をしたけれど、いつものサンドイッチをおいしく食べたよ。
「いつものサンドイッチがいつもじゃなかった日々を忘れないよ/3月11日」
 おいしい、大切なサンドイッチ。
 わたしはこのサンドイッチが大好き。

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 引っ越すことには個人的な事情。まだ決定はしていないけど、引っ越さないといけないかなという感じです。
 時々ツイートしてる写真見てくれてますか?
 きれいなところでしょう。空気もきれい。水もおいしい。食べ物もおいしい。
 朝焼けや夕暮れも、毎日とても美しい。
 わたしはここがとても好きです。本当は離れたくない。
 わたしはここがとても好きです。

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 だってとてもきれい。

 そしてきれいな夜もくれば、

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 ちゃんと、きれいな朝も訪れます。

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 その朝を生きるのはわたしです。
 八年目も、わたしはよく生きるね。
 できればみなさんも、よく生きて。
  1. 2019/03/11(月) 13:12:26|
  2. 日記