この間友達に話してて、これめっちゃ有効活用だなとふと気づいたのでもしよかったらー、とお薦めしてみる。
いつの間にかそうなってた、というTwitterの使い方なのですが。
わたしの場合国際情勢や政治が中心だけど、美術、音楽、文学、歴史、なんにでも応用できると思います。
わたしの場合なので、国際情勢で説明してみる。
Twitter上には、大学教授やジャーナリストたちが普通にうろうろしております。
彼らは! 有事に! ほとんどの人が黙っちゃいられない。「自分の知識に裏打ちされた何か」言わないと気が済まない。
わたしはそういう方々をリストにぶっこんでいて日々コツコツと読んでいますが、海外の大学で教えている国際政治学者やら社会学者やら民族学者の講義をどんどん読めてしまうのです……すごい有益じゃない!?
ポイントとしてはわたしは、身元のはっきりしている学者かジャーナリストになるべく絞っています。
何故かというと彼らは「事実」の話をしたがるので、そこに「感情」をそんなにぶっ込んでこないことが多い。一つの事象、事件に、誰かの激しい感情が入り込むと受け取る側の認知に歪みが生じます。学者には「その事実間違ってる」は死活問題なので「事実」を湾曲しない人が比較的多い。
じゃあどうやってそういう人を探すか。
これがいつの間にかそうなっていたところなのですが。
リツイートなどで「なるほどーそうなんだー。裏打ちされてるようだー」という人を一人見つけるのは結構簡単。探さなくても目に飛び込んでくる。その人をリストに入れる。そうするとその人がまた見識のある人をリツイートする。またリストに入れる。「あ、感情で認知を歪ませる人だ」と思ったらわたしはすぐリストから外します。
そのリストの中の誰かが以前、
「最近の若者はというけれど高齢者も酷い。会計前に孫がお菓子を開けて食べてるのに、会計するからいいだろうという非常識さ」
というようなリツイートが拡散されたときに、あるアンケートを取り始めました。
ちなみに私もこの高齢者の行動は「非常識だ」と思いました。
そのアンケートは、世界各国ではどういう常識かということで、各国で「うちの国ではそれ当たり前。だってこういう理由だから」「うちでも非常識」というリプライを彼が次々リツイートしました。
わたしは最初、
「でもここは日本で、日本で起こっている非常識の話だから他国は無関係なのでは?」
と思いながらそれを眺めていた。
けれど淡々とリツイートされる世界各国の常識をそれぞれ読んでいたら、
「わたしの常識はわたしの常識でしかない」
と、ふっと腑に落ちた。
それは会計前に食べていいと思ったという話ではないんです。
法律と違って常識は、各自が思い込んで相手に押しつけているものだと思った。
誰かに対して「非常識」と思ったときに、今後考え方が変わるだろうと思いました。
それはわたしにはよい気づきだったと思います。
気をつけないといけないなと思うのは、見ての通りのわたしは結構左よりな人です。
そうすると、共感するアカウントばかりをリストに入れて行くと、反対側の常識や理屈が全く見えなくなってしまう。
だから「同意は出来ないけど筋が通っている事実の話をする人」を見つけたらその人もリストに入れます。
黙ってられない学者達のTwitter講義はわたしにはかなり有益。
わたしの場合は国際情勢が中心ですが、美大の教授もいればクラシックの専門家もいるので、興味のあることのリスト作りをオススメしてみた。
政治に関しては、感情で左右に激しく揺れる人を見続けることはわたしはおすすめしないです。右でも左でも。
そこには大きな不満があるので、その不満にずっとつきあってると自分の心が削られちゃうよ。
ではまた!
- 2018/02/25(日) 13:18:59|
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