菅野彰

菅野彰の日記です

「百日紅の咲かない夏」

 これは私の敬愛する三浦哲郎先生の小説のタイトルですが、「忍ぶ川」、「白夜を旅する人々」など、本当に先生の作品を愛しているのに、これだけは苦手です。その苦手な理由も含めて、書いて生きた方だなと尊敬しています。
 しかし、今回は三浦哲郎先生の話をする日記ではありません。

 今日はニャン太の命日です。十一年が経ちました。
 去年初めて命日を忘れて、「時間薬」と、心からありがたく思いました。
 それもあって、今年は随分と穏やかな気持ちでこの日を迎えました。
 この間、たまに行く飲み屋のマスターと、猫の話になりました。
「元気なんだけど、もう十二歳なんだよね。十二歳くらいになったら、気をつけろって言われてさ」
 奥様と猫と暮らしている彼は、少し不安そうでした。
 私もニャン太が十二歳になったときに、同じくらいの歳だった友達の猫が具合が悪くなって一日で死んでしまって、
「気をつけてあげてね」
 と、言われたことを思い出しました。
 ニャン太が十三歳くらいのときに私はニャン太と二人で暮らしていて、それはもう、ニャン太に依存する日々を送っていました。
 それを近くでよく見ていた月夜野が、
「猫の平均寿命知ってる?」
 ふと、そう私に聞きました。
「十歳くらい?」
「六歳なんだよ」
 当時の話なんですが、外猫も含めると六歳だという話でした。
 私はそのとき、月夜野は何を言い出すのだと思ったのですが、私があまりにもニャン太に依存していたので彼女は不安だったのだろうと思います。
 もうニャン太は充分生きるお仕事はしてるんだよと、教えてくれたんだなと、後から思いました。
 ニャン太が逝ってしまったときも、月夜野が火葬場に一緒に行ってくれて、冷蔵庫に遺されたマグロを一緒に食べてくれました。
 それを思い出して、私はマスターに、
「猫の平均寿命って、六歳くらいなんだって。昔の話かもしれないんだけど」
 と、言いました。
 ものすごく悲しそうな、困ったような顔を彼はしました。
「でもうちの猫は、十五年生きたし。友達に貰ってもらった子は、二十二歳まで生きたよ」
 慌てて言い添えるとホッとしたように、
「二十五歳まで生きた猫の話、聞いたことあるんだ」
 と、笑いました。
 私より年上のいつも飄々としている男性なのですが、彼がそう言って笑うのに、切なくて笑い返すのが精一杯でした。
 動物と暮らしていると、十歳くらい過ぎると、時々不安で堪らなくなります。
 ニャン太が逝って一年後に貰った、蛍と雪ももう十歳です。
 みんなびっくりするほど長生きして欲しいけど、もしその日がきたら、一生懸命生きてくれてありがとうと今度はもっとしっかりした私でちゃんと送りたい。
 最後にニャン太を抱いて夜の往来を歩いたときに、珍しそうに触っていたので、ニャン太は赤い百日紅の下に埋めました。今年はまだ咲かないなと今日見に行ったら、一つだけ花を咲かせてくれていました。
「ニャン太」
 と、声が出て、まだ出るか涙と、笑いました。
 実家の居間の窓から蛍が、不思議そうに私を見て鳴いたので、長生きしてねと呟きました。
 十一年前のこの日は、本当に本当に、辛くて、後悔ばかりでした。
 でもそれも含めて、私は今日、幸せだなと思います。
 ニャン太のこと思って泣いて、幸せだなと思いました。
 最後にニャン太が食べたのは、マグロお刺身でした。逝ってしまう前の一週間くらいは、一口でも食べて欲しいと縋るような思いで、毎日マグロを買っていました。
 さっきスーパーに行って、マグロを買ってきました。少しでも美味しそうなマグロを、こんな風に必死で選んだのが昨日のことのようです。
 今夜マグロを食べたら、十一年前冷蔵庫に遺されたマグロを思い出して、また私は泣くかもしれません。
 でも泣いても幸せだなと、思うのです。

sarusuberi2015.jpg
  1. 2015/07/20(月) 12:14:35|
  2. 日記