久しぶりに中央線沿線の、変な美容師に会いに行きました。そう言っても、四月の頭のことです。
現在本店の店長である彼は、ボロボロに疲れていました。聞くと、新人さんが沢山入って来て、新人研修で大変だという。
前回のことを日記に書いていないのですが、この前に行ったときに、彼は支店から本店に戻っていました。本店は二階建ての美容院で、アシスタントさんたちはインカムを使って指示を出し合い、そのめまぐるしさは私を大きく困惑させたのでした。
前回、彼は臆さず私に聞きました。
「○○さん、この店、嫌いでしょ?」
おまえここの店長だろう。
でも、私は初めてその本店を訪ねた瞬間、オーナーが自分の顧客を連れて店頭に出て来てその顧客を全身鏡の前に立たせ、
「見て? 全身を見た時のこの素晴らしいバランス!」
と、パッショネイトに自分の仕事を称えるのを目撃してしまい、それはもうインカムとかの問題ではなく好き嫌い以前にこの店私全然合わない! と、悲鳴を上げそうなくらいでした。
「でも、この店は嫌いでも僕は嫌わないで」
うん、なんていうか期待を裏切らない発言だな。
そこから私は五ヶ月行かなかったので、彼は手紙を書いたと言いました。
「DM?」
「いや、お手紙書いたんだけど入れ違いになったね。でもね○○さん、五ヶ月はないよ五ヶ月は。髪も五ヶ月経つと切るの大変なんだよ」
新人研修で疲れ果てていた彼は、私の髪を切りながらプリプリ文句を言いました。
ちなみにその謎のお手紙は届いていません。
「そんなに大変? 新人研修」
「あのね、彼らには」
大きく彼は、溜息を吐きました。
「若さしかない!」
彼は倒れそうでした。
「でも、僕の若い頃よりはマシだよ。僕美容師になったの、モテたいだけだったからさ」
愚痴を聞いてから私は尋ねました。
「一人前になるのに何年くらいかかるの?」
彼は言った。
「なんでそんなこと聞くの?」
「それは新人研修の話をあなたがしたからです」
「ああ……もういいよその話は」
おい!
そこから彼は私に、Facebookはやっていないのかと聞いて来ました。
私は公私ともにFacebookはやっていません。
「やってないよ」
「そうなの? おもしろいよ。やればいいのに」
「何書いてるの?」
「何も書いてないよ。全然更新してない。他の美容師がコンクールのために訓練したりしてるの読んで、焦ったりしてるだけ」
「ねえそれ楽しいの?」
「僕はいつかFacebookは、大事件の元になると思うね」
疲れのままに、彼は話を進めました。
「僕中間管理職だから、みんなが休みの日にも働いてたりするわけ」
中間管理職の四月は、愚痴にまみれていました。
「そんなとき部下がさ、釣りに行ったりバーベキューしたりして、それをFacebookに上げてるの見ると殺してやろうかと思うよね」
「殺人だけはよしてちょうだい」
「あとさ、僕がオーナーに呑みに誘われて断ったとするじゃない?」
前回見かけたパッショネイトなオーナーと彼が全く合わないことは、一度オーナーを見ただけの私にも一目瞭然でした。彼はオーナーと呑みに行ったりしたくないのでしょう。
しかし、何故そのオーナーの持つ本店の店長をやっているのだ君は。
「それで僕が他の美容師と呑みに行って、その美容師がFacebookに僕と呑んでるって書いたとするじゃない。それはもう、大事件だよね」
「なんで私にFacebook勧めた!?」
「○○さんもこんな思いをしたらいいと思ってさ」
疲れ果てながらも彼は、いつも通り扱いやすく髪を切ってくれました。
その後私は、おそらくは企業の新人さんたちでごった返しているとある駅のコインロッカー前で困っていました。ちょっとした荷物を入れたかったのだけれど、空いていない。
そこにグレーのスーツの女子が現れて、
「今ここ空きますから!」
と、荷物を出して、私が入れやすいように扉を押さえてくれました。
私は突然の降って湧いたような親切に、
「ありがとうございます!」
思わず大きな声でお礼を言って、荷物を入れました。
すると彼女は、小さくガッツポーズをして、
「私もこれで今日一日頑張れる気がします!」
と、言って去って行きました。
「新人さんの……季節なんだな……」
きっと彼女は今新しい環境で、とても大変な思いをしている真っ最中なのだなと思い、夜友達と呑んでいてその話をしました。
すると友人は、私に言った。
「何か、座敷童的なものに見えたんだろうね……」
「前髪を見ながら言うな!」
そう、相変わらずやつの切る前髪は、本当にとても短い。
- 2015/06/10(水) 15:53:21|
- 私の変な美容師
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