菅野彰

菅野彰の日記です

「戯曲 『朝彦と夜彦1987』は現在ゴーチ・ブラザーズと独占上演契約を結んでいます」

少し堅苦しい内容でごめんなさい。
戯曲「朝彦と夜彦1987」はフリーウェアではありません。
現在、期限を区切っていますが、演出家中屋敷法仁所属のゴーチ・ブラザーズと独占上演契約を結んでいます。
この契約書には、お互いに完全合意でサインしています。
契約期間中ゴーチ・ブラザーズのみが、何度「朝彦と夜彦1987」を上演してもそれはゴーチ・ブラザーズだけの自由ということです。逆に、契約期間中一度も上演しなくても、それもゴーチ・ブラザーズだけの自由です。
この契約期間中、私自身他者の上演を一切望みません。
もし無断でゴーチ・ブラザーズ以外が上演した場合、私がこの契約を守らなかったことにもなり得ます。
契約書の上のみならず、重ねて私は契約期間中他者の上演を一切望みません。
万が一他者が上演する場合は、全くの無許可であり私には不本意なことであるとご理解ください。
よろしくお願いいたします。
  1. 2016/04/16(土) 18:18:45|
  2. 朝彦と夜彦1987

「小説Wings 冬号」の観劇エッセイ連載「非常灯は消灯中」は「朝彦と夜彦1987」/「インターネットの私と紙媒体の私」

 季刊小説誌「小説Wings」(新書館)冬号が、2/10に発売されます。
 私は観劇エッセイ「非常灯は消灯中」を連載しています。
 今回は「朝彦と夜彦1987」を取り上げました。
 え? 自分で台本書いた芝居、観劇エッセイの題材にするの? すごくない? それ。
 と、思われた皆様、ええ私はとても厚顔。
 上演前は全くそんなことは考えられませんでしたが、観劇したらもうこの舞台の上で自分がしたことは文字書いただけで、作ったのは演出家さん役者さん舞台監督さん音響さん照明さん、たくさんのみなさんだと思ったのと、自分が関わってなくてもこれは私は観ていたら取り上げる作品だと思えました。
 また、原作者としての気持ちや、内側から感じたことと一観客としての気持ちと、合わせて書ける今後なかなかない機会で、もしかしたらそれはおもしろい回になるのではと「朝彦と夜彦1987」を選びました。
 今回は大増ページということで、19ページ書かせていただいています。
 雑誌は完売すると増版されることがほとんどありません。そしてこの連載は今のところ、単行本になる予定は一切ありません。もし確実に入手なさりたい場合は、信頼できる書店でご予約をお願いします。
 ご購入いただくに当たりいくつか注意点と、この機会にインターネットの私と紙媒体の私は若干違いますという話を、織り交ぜてさせていただけたらと思いますので、おつきあいいただけますと幸いです。

「非常灯は消灯中」は、毎回同じ書き出しです。
「 既に終わった舞台を、思い切りネタばれしてオチまで語ってしまう舞台観劇エッセイです。ネタばれしないで語りたいと考えましたが、全く無理でした。
 だからもしタイトルの再演、DVD等を待つ方は、ここは読まないように要注意だよ!
 毎回この書き出しで行きます。
 今回の要注意は、「朝彦と夜彦1987」(2015)。」
 今回もこのような書き出しになっております。
 ネタバレ注意ということです。
 本文中でも明言していますが、今回の上演は撮影されていないので、今後DVDになることも放送されることもないです。
 ただ、今後絶対にお見せできないかというと、絶対にないとは断言はできません。私がサインした契約書は、そういう契約書でした。言えるのはこのくらいです。
 先日放送された中屋敷法仁さんの番組に初演キャストが三人出演したものを私も拝見しましたが、みなさん同じメンバーで再演したいとおっしゃってくださいました。私もそれはとても観たいです。
 ですが今後仮に再演があったとして、役者さんたちにお気持ちがあっても、みなさんお忙しいのでスケジュールが空いている保証は何処にもないです。そしてたとえば一人がどうしても調整がつかないから、なら一人だけいないというのはどうだろうと、全て違うキャストでとなる可能性もあるし(この辺は本当に客観的なただの推測で話しているだけで今は何も予定はないよ)、そんなわけで現状では何も言えないとしか私も言いようがないです。
 回りくどい。わかりやすく言うと、再演される可能性はゼロではないです。ただ仮に再演されたときに、初演キャストで再演されるのかどうなるのかは今は誰にもわからない話ですということです。
 そういうわけなので、
「でも可能性がゼロではないなら、未見だけれど死んでもネタバレはされたくない」
 という方には不向きな内容になっているので、避けた方がいいかと思います。

 もう一つ。本文中でしつこく注意喚起していますが、今回のエッセイを読んだら私の正解は読み取れてしまうかもしれません。解釈については断言を極力避けていますが、察しのいい方ならわかってしまう可能性があります。
 何度も申し上げていることですが、私の正解は本当にどうでもいいんです。
 観た方の正解が全部正解。
 自分の持っている正解に、別の先入観を入れたくないという方も、避けた方がいいかと思います。

 このエッセイはいつも、公式を通さないということを理念に続けていて今年で四年目です(今後一つだけ公式絡みの予定が入っています)。
 何故公式を通さないのかというと、観客である私と公式には、必ず何かしら解釈違いが起こります。
 私が公式と違う解釈を持ったときに公式はそれを目にしたら、
「そういうつもりではない」
 と、言わざるを得ません。しかしこれはエッセイで私の主観を書かせていただく場なので、そうするとエッセイとしては成立しなくなります。
 そういう理由で編集部と最初に公式は通さないことを決めて、やってきました。
 じゃあそんなに自由に書いているのかと言われれば、編集部の検閲が二重三重に入り、とても厳しい中書かせていただいています。
 そもそもこの連載の目的はなんなのかというと、
「良質の演劇に観客をいざなう」
 ことです。
 しかし私が何か観てえらく感動してその翌日にこのエッセイを書いたりすると、ストーリーを全部追うみたいなことになってしまうことがままあります。
 そうすると編集部からは、
「他者の著作物の権利を侵害している行為になっているのではないか?」
 と、厳しく調整を求められて、四回改稿して全部ボツになったものもあります。「ザ・ビューティフル・ゲーム」(2014)等は感動しすぎてそのまま伝えたくなり、「ならば観ろという話になりますし、作品の権利を侵害しすぎています」と何度も調整して結局お蔵入りになりました。
 私は新書館のモラルハザードの高さにはとても感謝しているし、尊敬しています。
 私も他者の権利を侵害したくはないです。
 しかしその線引きは私と新書館で完全にできることではないので、今後も、
「怒られたら謝る」
 という積極的なのか消極的なのかわからない姿勢で続けられたらと思っています。
 私の主観による激しいファントークですが、目的はその作品や役者さんに興味を持ってもらうことなので、ご本人に読んでいただくことは常に想定しないことも理念にしています。ご本人が読むことを考えるとつまらない遠慮や媚びが出て、読者さんに申し訳ないことになるかなと思います。
 今回も私はそれは例外とは考えずに、一点以外は公式の検閲を受けていません。
 その一点は私と衣装さんだけが聞いた中屋敷さんの言葉で、何故それだけ確認したかというと、中屋敷さんの演出理念に関わるプライベートな言葉だったので、解釈違いはないかそもそも公にしていいのかを確認して記載させていただきました。
 本来ならこういったことはレゴーダーで録音して書き起こしてなおかつご本人または事務所に確認を取る事項だと思い、確認した次第です。

 役者さんについても、プライバシーに関わることは一切触れていませんが、私が「観た」ままを主観で書かせていただいています。
 ご興味いただけたら、何しろとんでもなくページを取っているので、ご購入いただけますと幸いです。

 その前に。
 インターネットの私と紙媒体の私は、ちょっと違うんですという話を一応聞いておいてやってください。
 この観劇エッセイにご興味のない方も、良かったらここは読んでいただけたらありがたいです。
 何年か前から、私はインターネットに書く文章と、紙媒体に書く文章を意図して分けています。文体も違います。以前は公人には敬称をつけないことが公人への敬意だと考え呼び捨てにしていましたが、本人も簡単に目にすることのできるインターネットでは極力敬称をつけることに、その主義も変えました。
 インターネットの私は多分、紙媒体の私より何もかもがとてもやさしいです。バファリンです。やさしさでできています。
 私なりに理由があります。
 インターネットやTwitterは、誰でもワンクリックで無料で読めます。
 誰でもワンクリックで、簡単に傷つくことができてしまいます。
 不用意に人を傷つけたくはないです。強い主張のあるときは、読んだ人も自分もある程度は傷つくことを覚悟してインターネットでも書くことはありますが、それ以外のときはなるべく多くの人を傷つけない言葉を選んでいるつもりです。そうしてどんなに気をつけたとしても、それでも世界の何処かには必ず傷つく方がいる。それが言葉だと思います。だったら世界に発信しているこういう場所では、極力気をつけたいです。
 それと、この日記やTwitterは、不特定多数の方に知っていただきたいことを伝えるために書く場合があります。
 一つ前の日記「もう少しも小さくないたかちゃん」は、長文になりましたが、一人でも多くのこの情報が必要な方の元に届くことを目指して書いた部分もあるので、言葉をやわらかくすることに努めました。必要な方に届いていることを願います。

 今回の上演で私を知ってくださって、Twitterをフォローしてくださったり日記を読んでくださったりしてインターネットの私しか知らない方は、紙媒体の私に触れたら、もしかしたらですが驚くかもしれないと少し想像しました。
 役者さんについても、この日記でも思っていないことは一つも書いていませんが、たくさんの方が簡単に読めるインターネットでは書けなかった私の主観も、観劇エッセイの中には多く、忌憚なく書いてあります。
 他者を傷つけることを私は敢えては望みませんが、そのこととはまた別に、私は本にお金を出して買って読んでくださる方とは対等な関係だと考えています。
 対価を支払って本を買ってくださった方は、その本に対してどんな感想を持つ権利もその感想を発信する権利も、私につきつける権利も持っていると、私は考えます。
 ですからその対等な方に対しては、私もどんな反応が来てもそれを聞く覚悟で対等な気持ちで渡したいと思っています。
 何より対価を支払う方に、つまらないものをお渡しするのは不本意です。
 本を購入する、お金の掛かる今回のエッセイの中では、私は役者さん本人の気持ちも、役者さんのファンの方の気持ちも、慮ることをしていません。読む人のことを考えています。
 そういうものであることをご覚悟の上ご購入なさって読んだなら、もちろん私を非難する権利も生じます。
 そのときは私も、甘んじて聞きます。
 堅苦しい文章になってしまって、申し訳ありません。
 紙媒体の私はそんなにはバファリンじゃないのという話です。

 私自身としましては、ご高覧いただけましたらただ幸いです。
  1. 2016/01/22(金) 20:52:10|
  2. 朝彦と夜彦1987

「朝彦と夜彦1987」を終えて/菅野彰

 最後に私の話です。
 この物語に原作本がないことを、私がとても気にしていた意味が、観たらわかったと友人が言いました。
 もしこの物語に小説なり漫画なりの原作があれば、私はどんなメディアミックスも、編集部に全部任せます。今まではそうしてきました。
 それは、担当さんは時には私より私の書いたものを理解してくれることに間違いはないし、時には私より作品を愛してくださいます。シリーズを書いていると、担当さんから私自身にキャラブレを指摘されて、書いていてハッとすることさえあります。
 だから、担当さんにお任せすれば、間違いは何も起こりません。
 もし万が一私がこれは違うということになっても、そのときは、
「原作本を読んでね」
 そう言えば済むことなので、最悪の場合違ってもいいんです。正解は用意してあるから。
 二組のペア、全く違ったし、そして毎回それぞれが違いましたよね。
「どっちなの、どういう話なの?」
  と、何度も聞かれました。書いた私としては、
「これこれこういう話で結論はこうです」
 実は簡単に、二行くらいで答えられます。
 これはでも、今まで元の戯曲を読んでくれた友人達も、読んでもどちらなのかはわからないというので、元々そういう話ではあります。結論は観た方に委ねたいところは、大きかったです。ちゃんとそうなるところは、正直想像しませんでしたが。
 それを更に、ややこしくしてくれたのは、中屋敷さんと四人の役者さんでした。
 二組のゲネプロを観ていて、あ、私中屋敷さんにその、
「これこれこういう話で結論はこうです」
 という肝心なことを、すっかり言い忘れたけどでもまさかこんなにマルチエンディングになるなんてこっちは想像もつかなかったから、天才恐ろしい! と、思いました。
 大事な台詞、何も変わってないです。小道具がないから、「妄想化学雑誌」が、「妄想化学雑誌ムー」、になったりなど、そのくらいしか変わってないです。
 思いの外、観た方に疑問を残したことがやはり内側でも話題になり、私は全部の質問に答えられると企画さんに言ったら、
「誰にも言わずに死ねー!」
 と、松田夜彦並の勢いで口を塞がれましたので、言うと殺されるので死んでも誰にも言いません。私死にたくない。
 中屋敷さんも、企画さんも、戯曲読んだ方々も、私の結論は知らないです。
 でも、それはもはやどうでもいいことになりました。
 観た方が受け取った答えが、観た方の正解です。
 とにかく私は朝彦と夜彦がすっかり私のものではなくなって、とても清々しています。ああ、重荷だった。
 企画さんが私のこういう気持ちを、理解してくれていることを昨日はっきり知りました。
 役者さんたちと話しているときに企画さんが、私の思い入れにもしかしたら誤解しているかもしれない彼らに(だからキャラブレしてはいけないという思いで、いろいろ聞いてくださった時などです)、
「菅野さんそういう人じゃないから。うちの朝彦ちゃんがどうとか、そういうことではないの」
 と、何度か説明する姿を見て、あ、わかってくれてるんだと知ってはいましたが、昨日そんな話をしました。
 私は普段、自分の創作物の中にいる登場人物に、ここまでは執着しないです。
 それを愛がないとは思わないでください。小説の登場人物は、もう読者さんと共有できているからそれでいいんです。それが嬉しい。
 そうすることがずっとできない上に、どうしても野に放ちたかったのが朝彦と夜彦なので、私はもう諸々悔いのない気持ちです。
 次の話をしてくださる方もいましたが、ゲネプロから一週間以上、中屋敷さんと役者さん達、制作さん達のおかげさまで、
「私もしかしたら天才なんじゃなかろうか」
 というアホな錯覚に酔いしれることもできて、正直、これ以上のものを書ける気持ちも全くしないです。
 こんなことは、十二年に一度で充分だなと思いました。
 私の著作物に興味を持ってくださった方も嬉しいことにいらっしゃったので、せっかくなので本業の話をさせてください。
 私は本業は晴れ時々BL作家、雨が降ったらエッセイスト、くらいの感じです。
 あ、それで思い出したんですが。余談。
 とにかく告知が突然だったので、諸々たくさんの媒体に宣伝していただいたようです。私もいくつか拝見しました。
 一生懸命宣伝してくださったのに申し訳ないのですが、なんだかとてもおもしろかったのでどうしても言わずにはおれない。ごめんなさいこれ私の病気なので。
 何処かの媒体さんが、
「中屋敷法仁演出! BL作家台本! テニスの王子様の宍戸先輩! BREACHの黒崎一護! 仮面ライダー!」
 そんな感じで宣伝してくださるのを、見かけました。
 それぞれのアピールポイントを丁寧に探して拾ってくださったんだと思うんですが、全部混ぜたら爆発しそう……と思い爆笑してしまいました。
 私のことは差し引いてくれた方が良かったのでは、混ぜるな危険みたいになってるけど、と楽しく読ませていただきました。
 すみませんとてもおもしろかったです。
 自著の話をします。
 BL作家であることは何も恥じませんが、BLは受けつけない方に押しつけるものではなく嗜好が合えば読めるという特殊性があると私は思っているので、無理に読んでみなくてもいいと思います。
 それでもトライしてみようと思ってくださった方は、新刊の「愛する」(キャラ文庫)が私は今とても好きなので、良かったら勇気を出して捲ってみてください。
 BLでない小説は、近刊だと「あした咲く花 -新島八重の生きた日々-」(イースト・プレス)になります。新島八重をモデルにしたフィクション、時代小説です。
 しかし多分ご興味いただけましたら、エッセイがハードルが低いかと。
 エッセイは16冊出ています。
「女に生まれてみたものの。」(ウイングス文庫)
「あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します」(ウイングス文庫)
 などが、読みやすい……かも。わからない。
 メインで書いているのは、「帰ってきた海馬が耳から駆けてゆく」です。このシリーズは8冊出ています。
 WEBエッセイ、会津「呑んだくれ屋」開店準備中で試していただくのが早いかもしれません。酒の話しかしてないですが。
 桑野さんのファンの方は、たまたま手元にあって、理由があって桑野さんにそれを謹呈したので、「帰ってきた海馬が耳から駆けてゆく3」を読まれてみるのもいかがかと。
 私は桑野さんについそれを差し上げたことを、ちょっと読み返してかなり後悔していますがおもしろい本だと思いますよ……。
 別に販促のために桑野さんに差し上げた訳ではありません。
 本当は今回の上演の前から、私にとっては同一のテーマでの小説の刊行が決まっていて、今年中にはその原稿を書く予定です。
 しかし私はすっかり成仏してしまって、それはもう営業さんも、
「うちの原稿!」
 と、叫んで帰る訳です。
 本業頑張らないとね。
 ライターの友人が、そちらも友人である旦那さんが、かなり大きなメディアミックスをいつもしている会社の編集さんなので、
「菅野さん全部自分でやってるの? 打ち合わせとか。大丈夫なの?」
 と、心配してくれていると聞かされました。彼にとっては全く意味不明で、本当に心配してくれたのがわかります。
 正直途中で誰かを頼ろうかと思いましたが、自分でやりたかったことなので、疲れたけど悔いはないです。
 でも結局劇場にはほぼ担当鈴木がいてくれて(しかもチケット代まで払ってくれて……)、鈴木はあれでいて実はとても気遣いなので、最後には多分私より疲れ果てていました。死んでしまうかと思いました。助かりました。
 毎日感謝しかなくて、感謝は最良の感情だけど自分一人では持てない感情だから、こんな毎日ずっと感謝できることなんてなかなかないと思います。
 自分のものとはもう全く思えなかったので、気軽に観た方の感想も聞けたし、読めたりもしました。
 お一人、とてもきれいなカラーのイラストを、アンケートの裏にびっしり描いてくださった方がいらして。
 とてもきれいでそれももちろん嬉しかったんですが、夜彦が見た合唱の光景が、描かれていたんです。
 これは夜彦の口から語られるだけで、そのもののシーンはないです。
 しかしそのイラストが私の頭の中にあったイメージそのままだったので、中屋敷さんと役者さん達が、ちゃんと伝えてくださったんだととても感慨深かったです。
 千秋楽には、四人の役者さんそれぞれの朝彦と夜彦が描かれた絵を、私に置いて行ってくださいました。奥ゆかしい方で連絡先もわからず、お礼も言えません。
 出頭して欲しいです。お願いします。
 様々気軽にみなさんの感想や憶測も聞いて、どれも嬉しく楽しいし、重ねていいますが全てが正解です。
 その正解とは全く別に、私が見かけて、嬉しい言葉があります。
「私は今、健やかだ」
 その言葉が聞けたときが、一番嬉しい。
 それが答えな訳ではないです。その方が、今、そう言えることが本当に嬉しい。
 もし今は言えない状況の中にいる方も、いつか言える日が来たら、私のことを覚えていたら、教えてくれたら嬉しいです。
 劇場で、自分で書いた話を観て泣いている奇妙な私を、見かけた方もいらっしゃるかと思います。本当にもうそれだけは絶対したくなかったのに、心から恥ずかしいです。
 それもこれも、創った方々の力以外の何物でもないです。
 どうして朝彦と夜彦にはこんなに感情的になってしまうのか、ずっと恥ずかしかったですが、観ていただいて、朝彦と夜彦が観てくださった方々のものになるのを眺めていて、何故こんなに固執し続けたのかがよくわかりました。
 十二年も、朝彦と夜彦は私一人のものでしかなかった。
 それが今回、最良の形で、たくさんの方の力で、たくさんの方のものになりました。
 今後これ以上、私は朝彦と夜彦に一人で固執することはない。
 私も今、とても健やかです。
 ありがとう。

asayoru1987.jpg
  1. 2015/11/07(土) 03:29:06|
  2. 朝彦と夜彦1987

「朝彦と夜彦1987」を終えて/役者さん達

 ここは本題と無関係な、前置きです。
 一応書きたいように書いたのち校閲していただいたのですが、驚くほどの赤字と削除が入り、改めて大変な立場でお仕事をなさっているみなさんなんだなと思いました。
 その消えた部分は、私から見て、役者さんたちのファンの方にお伝えしたいなと思った彼らの素敵だと思った部分なので、お伝えできないのは残念ですが、とてもデリケートなお立場なのだとも知りました。
 消えた部分も含めて、みなさんとても素敵でした。
 そんな訳で私としては、文章の辻褄が合っているのか不明だというかつてない不安がありますが、文字量のバランスの悪さなどはそういう理由なので、ご理解いただけますと幸いです。


 本題です。役者さんたちのこと。
 普通に、特撮も2.5次元舞台も観る私です。
 キャスティングの決定権は私にはなかったですが、意見は求められたし、四人とも決まる前からなんとなくは知っていました。観ていた舞台に出ていらしたこともあります。
 二十五歳前後、俳優、そして人気商売でもある彼らの気持ちは、正直私にはまるで想像できません。全くわかりません。終演した今も、わかりません。彼らはもう次の道を走っていることしかわかりません。
 ただ、ダブルキャストと決まったとき、四人を絶対に比べたりしないとそれだけは決めました。特に同じ役を演じる二人を、比べないと決めました。
 それぞれのいいところを受け止めたいと、決めました。
 なんていうか、私彼らの親御さんの方が年齢が近いですから、うちの子感みたいなのを感じてかわいいと思ったりするのかな? とか思ったりもしました。そういうの自分が感じたらちょっとやだなと、惑ったりしていました。中途半端に知ってるから、余計に。変なひいき目が生まれたらいやだなと。普段の私は、日常的に若手俳優さんの舞台を観て、楽しくしてますから。
 彼らは役者ですが、多くの人に好かれることもお仕事の中に含まれるかと思います。ましてや作者である私に、好意的に接してくださるのは、大前提でもあるはずです。もちろん心があると感じたら、それは素直にありがたく受け取りますが。
 しかしそもそもそれが彼らの仕事なのに、その仕事に惑わされてかわいいと思ってしまったら、自分がやだなと思いつつも、正直そうならない自信はあまりありませんでした。みなさん素敵な青年です。普段は身近にお会いする機会もありません。それだけ私は、彼らの魅力を恐れていた訳です。
 全くの馬鹿馬鹿しい、杞憂でした。
 私が想像していたよりはるかに、彼らはプロであり、そして強かったです。
 彼らは、私のそういうよくわからない自分への不安のようなものを、彼ら自身の力で完全に超えて来ました。
 ただの表現者として、一人一人、全く違うところで尊敬させられました。
 対等な立場にいることを、教えられました。
 今回この現場の中にいて、今までにない感情を一つ得たのは、私は紛れもなく大人であるということです。別にそんなこと全然知りたくなかった。
 もし、私が若く才能ある彼らに何か一つでも分けられることがあるのならば、成長への力になれるためのことのみだとも、思いました。その他のことは彼らには、私からは全く必要ないです。
 とにかく嘘をつかずに、誠実に本当のことを言う。
 私にできるのは、それだけだと思いました。
 彼らはとても強いし、望まなかった言葉でもきっと力に変えてくれる方々だと、信じられました。
 感謝はあるけど、変な情はだから、逆に今もないです。四人ともに。素晴らしい、そして私からはとても遠い役者さんです。
 終演後直接役者さんに感想を伝えられるという特殊な環境でしたが、必要がない限り楽屋には近づきませんでした。
 企画さんに男子校の先生になったと思ってくださいと言われて、彼ら普通に裸で歩き回るけどそういう生き物なので慣れてくださいと言われたものの、特に慣れることもないのであまり訪ねませんでした。
 そして終演後の彼らはとても清々しくはしゃいでいたりするので、私は私で余韻を持ったまま劇場を出たいという複雑さもあり、毎回は顔を出しませんでした。
 とにかく情報解禁から初日まで、21日という異常事態です。
 過酷だったと思います。ありがたいです。
 過酷なのは、脚本が本当に過酷でそれも見ていて申し訳なくも思いました。
 私の全く口語体でない言葉が、とても読みにくいと今回改めて思い知りました。知っても特に変える気はないんですが、かなり実感はさせられました。
 声優さん達とお仕事させていただいていたときは、年齢が私より上の方も多かったのもあってか、
「あんたの代わりにあたしがあんたの仕事してやろうか! 噛んで噛んで噛みまくりやがって! 脚本にわざと早口言葉入れてやったらごまかしやがったわね!」
「俺がおまえの代わりに脚本書いてやる! 句読点がやたら少ない超長文で読みにくいったらありゃしねー倒置法ばかりの脚本をな!」
 と、年末の疲れからか真っ直ぐ本当のことを言われて大喧嘩することもできました。「あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します」から一部抜粋。
 この登場人物はキャラ立っているので極端ですが(とてもいい方なんですよ……)、他の声優さんにも、
「あのさ……人間はさ、実はあんまり『あ、あの』とか言わないんだよ……母音を重ねるのやめろよ……」
 とか言われたりして、それはとても勉強になりました。
 だから、よく知ってたんですが、そもそも私の書く台詞がとても租借しにくいということは。
 この声優さん達が言ったことは本当で、それを更にリーディングドラマとして80分ノンストップ二人きりで演じなければならない過酷さには、人間のしていい範疇なのかというレベルで申し訳なく思いました。そら十二年間上演されなかった筈だとも、思いました。
 今回知ったのは、生きてる人間は、80分これだけのこと言わされたら、普通に噛むということでした。生きてる証だくらいの勢いです。
 彼らが多分ですがそのことに苦しんでいたので、本当に悪かったと思いました。
 こういう罪悪感を持たれるのも彼らは不本意かもしれませんが、いっそ声優さん達みたいにはっきりと私を叱ってくれたらとも思うけど、いかんせん彼らは私の子どもでもおかしくないような年齢です。言えるわけないよね……。
 たまたま四人のうちの一人と、少し長く話す時間がありました。
 とても真面目だし真摯だし実力もあるし、彼はネガティヴではないと思うのですが、相手のペアを正視できない、追いつけていないというようなことを彼は繰り返していて。
 誰一人、誰にも、何にも、劣ることはなかったのは本当です。少なくとも私はそう思っています。
 ただ、演じた人、観た人、その全員の中にある正解が全て正解であったように、原作者である私の持っている正解と、自分の出した正解が違うかもしれないことに、彼は不安を感じているとも知りました。
 全く言うつもりはなかったのですが、これが毎日全力を尽くしてくれたプロの表現者である彼らへの私なりの誠意だと思い、最後にはそれぞれに伝えることにしました。
 これは彼らだけが、知っていることです。
 一方のペアは、私の想像に近いものを出してくれました。それはやはりとても嬉しいことで、ありがとうと、お礼を言いました。物語を書くときに、私にはそこに何かしら伝えたいメッセージがあります。今回に限らずです。彼らは私が伝えたかったことを、多分たくさんの方に伝えてくれたと思い、本当に感謝しました。
 一方のペアには、全て終わってから、どうか真っ直ぐ聞いてくださいとお願いして、私なりに言葉を尽くしました。正直想像もしなかったものが出て来たけど、この物語と、それを演じる役者さんの私は知らなかった可能性と力を、お二人には教わりましたと、お礼を言いました。そんなことができる力があるお二人が凄いと思いました。
 本当にどちらにも感謝なので、私の気持ちがそのまま伝わっていることを、願います。

 正直、今も彼らのことが全くわからないし、若者達のプライドの置きどころも私には理解するのは無理なので、私の感謝や敬意がもし万が一彼らやファンの方を傷つけることがあったらと、それはとても不安です。
 けれど敬意を込めて正直に、なるべくライトに、一人一人に触れたいです。それぞれのいいところに触れたいので、どちらかの何処かを上げたからといって、それが同じ役のもう一人のそこを落とす意味ではないことだけ、よくよくご理解ください。
 クレジット順です。


「松島庄汰さん」
 舞台以外で彼の声を、聞いた記憶がありません。
 ご挨拶するときいつも隣に松田さんがいらっしゃって、松田さんがハキハキ話して、
「な! 庄汰!」
 と、松島さんの足を叩いて、松島さんが頷くという光景ばかりを見ていた気がします。
 ファンの方はよくご存じだと思うのですが、一番スケジュールが過酷だったのは彼でした。
 ドラマの撮影の合間を縫ってのことと聞いたとき、正直私は、そんな無理をさせたら悪いなと思いました。すみません、実はたまたま私は「仮面ライダードライブ」をちゃんと観られていないのもあって、松島さんのことを一番知らなかったのです。
 そんなにお忙しいのにお体大丈夫なのかなとか、彼をまるで知らないので心配しました。
 結果、私は今、松島さんにだけは土下座して謝りたい気持ちでいます。
 本当に大変なスケジュールなのに、毎回、本当に全力でした。二年ぶりの舞台出演だと伺いましたが、不安だっただろうに、心を折ることなく頑張り通してくれました。
 笑いどころの湧かせ方も本当に上手くて、楽屋での暗すぎる彼が嘘のようで、本人との落差がすごかったです。
 舞台の上では堂々としているのに、楽屋で見かける彼は何かいつも心細そうで。
 私はよく知らなかったのですが、本番の前に通し稽古をしていたそうです。死んでしまうよ。
 もしも最後まで彼が不安なままだったら申し訳ないですが、最後の最後にお礼を伝えたときには、やっと目を見てくれたような気がしました。
 松島さん自身にも、やりきった気持ちがあったなら嬉しいです。
 私には彼はやりきったように見えました。
 彼の朝彦は本当にかわいそうでかわいそうで、何度も泣かされました。これは友人達も言っていたことなのですが、普通さが良かったです。特別な人ではない。だから、こういうことになったという、説得力がありました。
 もしかしたら彼が一番文字数が少なくて、それがファンの方を不安にさせたらと思うと心配ですが、すみません彼は私には舞台の上でしか生きていなかったので、それ以外のエピソードがないんです。ゼロです。
 そのぐらい、力を尽くして生きてくださいました。
 心からお疲れ様と、ありがとうを言わせてください。


「松田凌さん」
 とにかくすごい情熱だなと、思いました。お芝居への情熱が常に溢れ出ていて、「あちっ」みたいな感じでした。
 これは良かったのか悪かったのかわからないというか、それが結果通ってしまったのか私は知らないのですが、意見を求められたときに写真だけ見て松田さんは夜彦なのではと企画さんに言いました。
 ファンの方々には、こちらのペアは逆のイメージだったみたいですね。
 すごいなと思ったのは、彼は多分とても美しい顔をしているんだと思います。写真を見ても思ったし、ご挨拶したときも思いました。
 でも舞台の上というか、夜彦になると、その美貌邪魔だと思うのか消すんですよね。
「あれ? こんなにくすんでた?」
 舞台の上の彼を観たときにちょっと驚きましたが、敢えてなんだなと、それがそら恐ろしいと思いました。
 舞台を降りると、明るいしポジティブだし、前のめりなぐらい前向きだし。
 役者さんには当たり前のことかもしれませんが、違う人物になれるんだなと、びっくりさせられました。
 ゲネプロであんまり叫ぶので、
「最後まで喉を労ってください」
 と、お願いしましたが、余計な心配でした。
 毎回全力で叫んでいました。
 彼の夜彦がトラウマになった方も、いたと思います。私は叫びが耳から離れなくて困ったよ。
 彼を見ていて思ったことは、とにかくたくさんの方が彼をとても愛しているということでした。
 事務所の社長さんがゲネプロに来てくださって、実は物語の中で話に出てくる80年代アイドルを、実際に担当していた方でした。
 企画さんはそれを黙っていて、私に紹介しました。
「彼女の担当だったんですよ」
 そう言われて、私は思いも寄らぬ事態に声も出ませんでした。ちょっと失礼な描き方をしているんです。
 しかし、とても柔和に笑ってくださって、
「当時のことを正確に描いてくださって、ありがたかったです。いい本でした」
 そう私に過分な言葉をくださる、とても素敵な方でした。
 きっとお忙しいのだろうに、松田さんのためにゲネプロにいらっしゃったのだと驚きました。
 これは今回出会った方々を見ていて総じて思ったことですが、誰かに愛されるということ、信頼されるということはその人の財産になるだけでなく、とても大事な身分証明書になるということを知りました。
 私が企画さんを完全に信じた瞬間は、こいでさんの肩を掴んで彼女が、
「私のとても大切な人なの」
 と、どなたかに紹介した瞬間でした。私の大切な友人をそう語る彼女を、なら私も心から信じようと思いました。私と企画さんには、こいでさんにおいて共通認識がある。それは大きなことです。
 松田さんは、そういう大きな身分証明書をたくさん持っている方でした。
 本当に、ありがとうございました。


「桑野晃輔さん」
 ものすごい安定感です。なんの不安も感じさせない方です。桑野さん自身が持ってらっしゃるあたたかい雰囲気が、観ている方を安心させたこともあったかと思います。
 でもその安定感は、彼のあまりにも真面目で前向きな努力の上に成り立っていることを、知る場面もありました。
 前述しましたが、正直私が書いた台詞を一度も噛まないのは、人間には無理だと思います。
 そのことに一番真面目に苦しんでいたのは、彼なのではと見ていて思いました。二公演目のときに、多分それが辛かったのかなとは私にも伝わって。
 でももう始まったらあれこれ言いたくないので、たまに明らかにイントネーションが違うのを企画さんに言うくらいで口を出したくなかったのですが、彼の真面目さがあまりにも痛くて。
 私の領域ではないので、中屋敷さんにお伝えして中屋敷さんがいいと思ったら桑野さんに伝えていただこうと思ったら、企画さんがすっ飛んで来たんです。私が中屋敷さんに話があるなんてよっぽどだと彼女は慌ていて申し訳なかったんですが、そうじゃなくて中屋敷さんが良ければ桑野さんに伝えて欲しいことがあると申しましたら、いきなり桑野さんの前に連れて行かれました。
 人間て、こんなに小さくなれるんだと驚くほど、彼は落ち込んでいました。
 超要約すると、生きてる人間は噛むものだから、それは問題じゃないので恐れないでください。
 噛んでいいよと、私は言ったんです。
 私が怒ったりしたらどうするつもりだったのと、後で企画さんを責めましたら、
「あたし、勝負強いから!」
 と、笑ってました。やめてよそういう一か八かみたいなの!
 そしたら夜公演、彼は全くそんな言葉に甘えることなく、そこを越えて堂々と演じてくださいました。
 17歳と30歳の演じ分けにも、驚かされました。30歳を演じているときは、瞬時に疲れた高校教師に変化する。声から肩の落ち方から変わって、なんの惑いもなく時間の変化が伝わりました。
 本当に、ずっとかっこよかったです。若手俳優にノー興味の私の友人が桑野さんにメロメロになっていて、突き落としてしまったと思いました。でもこれから先も桑野さんのお芝居を観ることは友人にも財産になると思うので、何も罪悪感はないです。
 本当に、ありがとうございました。
 

「法月康平さん」
 桑野さんが苦しんだ理由の一つだと私は勝手に思っているのですが、彼だけ、ゲネプロから千秋楽まで、私の認識が確かならただの一度も噛みませんでした。恐ろしいです。桑野さんはそれは自分だけが噛んでいると思い込むと、思いました。
 法月さん自身は、
「すごいね全然噛まないね」
 と、言えば、
「言われたことやってるだけっス」
 みたいな感じです。
 闇落ちするときに突然目から光が消えるところとか、どうしてるのすごいねと何度か言いましたが、打っても打っても響かない。無自覚。美しい天才でした。
 私はミュージカルが好きなので、彼のお芝居はいくつか観ていて、決まったときは、
「ストレートプレイもなさるんだ」
 と、思ったりしました。
 すみません。四人とも同じ熱量同じ文字数で語りたいんですけど、私は彼に関してはちょっと長くなるかもしれないので、言いたいことがあるから読む方もそこは堪えてやってください。
 別に思い入れとかじゃないんです。別にこれツンデレじゃないです。私のエッセイストとしての血が騒いで、その件を語らずにはいられないんです(と、前置きしていますがだいたい削除になりました。残念)。
 ゲネプロ前に直接会った唯一の役者さんが、法月さんでした。
 たまたま打ち合わせのときに彼が「仮面ティーチャー」に出演していて、それを観ました。関係者席が遠く出演者の人数も多くて、大変申し訳ない理由なんですが、私はこのとき集中して法月さんを観ることができませんでした。
「どうでした?」
 終演後、企画さんに法月さんをどう思ったか聞かれたと思うんですが、
「ごめんなさい……なんかこの話、私が知ってる話と全然違うのでそれが気になって気になって。え? 法月さん? あ、ごめんなさい生徒役もいっぱいいたし」
「何が違うんですか?」
「いつパンツ被るのかなって、ずっとそれが気になってたんですけど。最後まで主人公パンツ被らなかったから驚いて」
「菅野さん、それ、変態仮面ですね」
「え? あれ? なんだっけこれ」
「仮面ティーチャーですよ」
「覆面もしないし」
「それけっこう仮面ですね」
 わざわざ連れて来た企画さん、かなり切れてました。
 すみませんそんな訳で、観てると普通に話を追ってしまう私は、ずっとパンツ待ちで法月さんに集中できていなかった。
 たまたま「仮面ティーチャー」を存じ上げなかったことは、本当に申し訳ないです。舞台自体は楽しい作品でした。
 楽屋で法月さんを紹介されました。
 正直に言いますと、今回最も不安にさせられたのが、間違いなくそのときでした。
 限りなくキョトンとしているように見えて、いやいやいやいや大丈夫なのこの子!
 と、私を恐怖のどん底に突き落としてくれたのが、彼でした。
 翌日、松田さんと桑野さんが出演している「黒いハンカチーフ」を楽しく観ましたが、彼らには会わずに帰りました。もうこれ以上不安になりたくないととっとと帰りました。
 むしろ松田さんと桑野さんにお会いしておけば、こんなに不安にはならなかったのにと今は思います。お二人はこの楽屋で、どちらの役をやりたいかという話をしていてくださったそうなので。
 後から聞いたら、法月さんは本番中なので、次回作を全く知らなかったそうです。
 観た方はよくわかると思うのですが、法月さんはとても美しい儚い夜彦でした。
 私は台詞が全部頭に入っているので(いやな原作者だと思います……だけど十二年も手元にあったんだからしょうがない)、彼が語尾の一つも何も言い換えないことにはただ感動しました。何一つ言い換えませんでした。
 最後にテキストをお渡ししたときに、いくらなんでもこれは現代口語じゃなさ過ぎる書き換えるべきだと最後の最後まで悩んで、でも私には意味と思い入れがあるので変えたくなくて、そのまま委ねてどうなるのだろうと思っていた語尾も、彼は自然にきれいに落としました。そんな風に聞けるとは夢にも思わなかったので、驚いた。そのことには本当に感謝しています。
 観た友人達に、
「あの子大好きでしょ? 自分で選んだんでしょ?」
 と、聞かれるたびに、
「違う! 絶対違う!!」
 と、全力否定し続けました。
 楽屋での彼はまるで夜彦とは別人だし、お願い待って、余韻くださいとも思いました。
 私が客席で普通に泣いていたことは気づいた人は気づいたと思うのですが、公式にはあまりバラされたくなかったのに、彼にはクロストーク等でうっかりバラされて、千秋楽が終わったらバラバラにしてやりたいと思うくらい恥ずかしかったこともありますが、限りなく大きな未来のある方だし私もまだまだ彼の芝居が観たいので、そこは堪えます。
 毎日友人に全力否定し続けましたが、すみません今は役者さんとして大好きです。
 本当に、ありがとうございました。


 彼らが今後舞台に立つときに、普通にプレイガイドでチケットを自分で買って観に行きます。
 それが私の彼らへの感謝であり、私なりの最大の敬意です。彼らの仕事に、対価を払う一観客になります。
 松島庄汰さん、松田凌さん、桑野晃輔さん、法月康平さん、本当にありがとうございました。
 お疲れ様でした。
  1. 2015/11/07(土) 02:00:00|
  2. 朝彦と夜彦1987

「朝彦と夜彦1987」を終えて/関俊彦さんのこと

 私の職業柄、声優さんのことを語るのには、とても慎重になります。
 「あなたの町の生きてるか死んでるかわからない店探訪します」に登場する声優さんは、ああいう方なのをファンの方がよく知っているので、あんなことも書かせていただける特別な方です。
 それは今回の役者さん達ももちろんそうですが、声優さんのファンの方の愛はとても深いので、その愛情のイメージの邪魔をしてしまうのはあってはならないことだと思っています。私は漫画やアニメの世界の近くに居ますからなおのこと、それぞれお好きなキャラクターのイメージを壊すのも怖くて、慎重になるあまり気軽にお名前も口に出せないこともありました。
 今回、関俊彦さんに観ていただいたことを、関さんに了解をいただいてツイートしました。そこが私には、大きな終わりであり始まりだったので、言いたかったのは私一人のわがままです。
 どれだけ関さんが素晴らしい方なのか、私が知る範囲のことですが知っていただけたらという気持ちもありますので、もし良かったらおつきあいください。
 朝彦は関さんだったと言ったことへの説明も含めて、語ります。
 十二年前関さんには、私が書いた脚本で声のドラマを演じていただいて、そのとき、舞台に呼んでくださいました。
 関さんの声は充分素晴らしいですが、やはり、全身を生き生きとさせる舞台の上の関さんにも、役者さんとしてとても魅了されました。
 当時、関さんにはたくさん勉強させていただいたと思います。
 私が絶対に顔文字を使わないのは、関さんが「言葉を大切にしている証だね」と、言ってくださったことが大きいです。だから今でも決して使いません。
 関さんに演じていただく前提で、朝彦は書きました。
 アテ書きと言いましたが、関さんが朝彦的な人物という意味ではなく、関さんが演じるところを想像しながら書いたという意味です。
 書き上げた、本に掲載されているものと多分ほぼ同じ戯曲を、関さんにお渡ししました。
 まず、叱られました。
 褒めてはくださいませんでした。
 私はやはり小説が本業なので、どうしても自分のイメージ通りの表情、動きがあって、それを全部戯曲には細かく書き込んであります。
「こんなに自由度の低い戯曲では、何も演じることができない」
 最初にいただいたのは、そんなお言葉だったと思います。
 関さんはそれだけ真摯に、この本と向き合ってくださったんです。
「二週間公演したら死ぬけど、死ぬ気でやるよ」
 そう、言ってくださいました。
 その後そのときの話はなくなって、その経緯は最初の日記に書きました。
 関さんは一年のスケジュールを入れるときに、
「上演できそうなら、空けるよ」
 と、メールをくださることもありました。
 今回の上演が怒濤のように決まったとき、度々、関さんのことを考えました。
 まず、私にとってはとても不義理なことだし、でもこのまま何も言わないのもと、何度も考えてなかなか結論が出ませんでした。
 そして、私が知る限り関さんは嘘を吐かない方です。おためごかしを聞いたことが、多分私はないです。私の本をご自分で買ってくださって、熱心に読んで様々感想をくださったときもそうでした。この戯曲だって、最初は叱られましたから。
 だから、観ていただくのが怖かった。
 ツイートしましたが、朝彦の声が無駄にいいのは、関さんありきで書いています。白楽天の詩を読むのは、私が関さんの声で聞きたかったからという部分も大きくありました。
 今回の二人の朝彦には本当に申し訳ないのですが、私が役者さんの力量をわからずに、
「この設定直しましょうか?」
 と、企画さんに言いました。
「大丈夫です。彼らはちゃんとやってくれますよ」
 そう言われて、結果、彼らは充分やってくださいました。
 散々迷って、でも、胸を張って彼らを関さんに誇れるとも思い、ご連絡しました。
 私は長々と、不義理をお詫びするメールを書きましたが、関さんからはとても明るく祝福してくださるメールがすぐに返ってきました。
 結局何も力になれなくてごめんなさいと、書いてありました。関さんのお仕事は、役を演じることです。それ以外の何かを、一切関さんが負う必要はないしそんなことは絶対にさせられません。
 そのメールには、私もすっかり忘れていたことが書いてありました。
「二次選考まで残ったときは、嬉しかったなあ」
 もういよいよどうにもならなくなったときに、私は戯曲の新人賞を探して投稿しました。そのとき確かに、二次選考まで残ったんです。
 私の方は忘れてしまっていて、関さんはずっと覚えていてくださった。
 本当にお忙しい方なので、無理にお時間を作って来てくださいました。どちらのペアかは私が決めたのではなく、関さんが空いているお時間がそこしかなかったので、そちらのペアを観ていただきました。
 きっと喜んでくださると思いながらも、終演後は関さんに会うまで不安ではいました。
 会うなり関さんは朗らかに、
「素晴らしいね、彼ら! おめでとう、本当に良かったなあ」
 そう言ってくださいました。
 その言葉を聞いた途端私は堪えられなくなって、関さんには本当に申し訳なかったのですが、我慢できずに人目もあるのに泣いてしまい、大変困らせたと思います。このことは本当の申し訳なかったです。
 もうほとんどお時間がなかったのですが、楽屋で役者さん達と、中屋敷さんに会っていただきました。
「素晴らしい役者さん達だね」
 そう言って関さんから、彼らに握手を求めてくださいました。
 こんなことを言って、ごめんなさい。二人の朝彦には本当に申し訳ないことだけれど、私はとうとう関さんの白楽天を聞くことができなかった。
 もしかしたら関さんは、お願いしたら機会があれば読んでくださるかもしれません。
 それはでも、私の一つの心残りとして、置いておこうと思います。
 素晴らしい若い才能達と仕事をしているんだねと、笑ってくださいました。
 ここまで書いて、関さんには関さんのお立場があると思い、チェックをお願いしようと思ったら、見ないからそのまま公開してくださいとのお返事がありました。
 関さんはずっと自責の念で過ごされていて、もし私が関さんのことを少しでも良く書いていたら、全部駄目だと言ってしまうから見ないと言われました。長く、謝罪の言葉が書かれていました。
 元のタイトルがきちんと綴られていて、それを最高の形で見せてくださった、中屋敷さん、役者さん、スタッフさんたち全てへの、感謝の言葉も長く綴られていました。
 そんな、関俊彦さんのことでした。
  1. 2015/11/07(土) 01:47:52|
  2. 朝彦と夜彦1987
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