菅野彰

菅野彰の日記です

「七年目の気持ち/岩手県釜石市のこと」

 明日で七年目。
 東日本大震災で犠牲になった方々に、心から哀悼の意を表します。

 ずっと書けずにいた岩手県釜石のことを書きたい。ちゃんと書けるかな。
 六年目のわたしはこんなありさまでした。読まなくてもいいよ。酷いありさま。
 「六年目の気持ち」
 でもそのあと春彼岸に南三陸(赤い鉄骨の防災庁舎のあるところです。二十四歳の遠藤未希さんが、最後まで「高台に逃げてください」と呼びかけつづけた庁舎。彼女の行方はまだわかっていません)に行ったら、お彼岸で集まっている地域の人々に笑顔があった。
 その後五月にまた釜石に行ったら、釜石も友人も前へと歩き出していた。
 わたしも「おうちごはんは適宜でおいしい」(徳間書店)の中で、「東北のおいしいものを食べて知ってと言えるようになった」と書けた。
 けれど3.11が近づいて来て、また気持ちが落ちてきてしまった。
 理由ははっきりしているので、釜石市のことの前に、一つわたしからのお願いにどうか耳を傾けてやってください。
 この時期になると、
「観光やおいしい食べ物を見て。楽しいことを知って。お涙ちょうだいの話はもうたくさん。それが東北の復興の妨げになる」
 こういう言葉をよく見かけます。
 前半は本当にその通りだと思う。見て知って訪ねて欲しい。おいしいしきれいだよ。
 そしてわたしは、あの日に起こったことを知ってとも目を背けないでとも言いません。
 お願いしたいことは、あの日に大切な人の命を目の前で奪われた人々の悲しみに、こういう言葉で蓋をしないでくださいということ。
 これは当時八歳だった少年が、今読書感想文を通してやっと言えたこと。
「母の死“封印”した少年が初めて語ったこと」 
 「助けて」というお母さんを置いて逃げるしかなかった少女。
 「行け」とおばあちゃんに叫ばれて津波から走って逃げたことを悔やみ続ける子。
 七年で癒える悲しみだと思えますか。わたしはとてもそうは思えない。
 お願いです。彼らの悲しみや涙を、見てとは言わない。お願いだから否定しないで。ないことにしないで。誰かが聞きたいといってそれをメディアが流すのなら、見なくてもかまわないから「もうたくさんだ」なんて言葉をどうか吐かないでください。言葉にして初めて自覚して歩き出せるということもあるの。お願い。

 こういう「悲しみの記憶はもうたくさん」という感情が多くの人にあるのがわかっていたので、二年前初めて岩手県釜石市を訪ねたあとわたしは無言になりました。
 実際何も終わっていない釜石市に行って、案内してくれた友人の記憶を聞いて、それを記事にして伝えることが釜石の復興の助けになるとはとても思えなかった。
 その感触は今も変わらないので、今回も詳細には書かない。
 海は嘘のように静かできれいで、雲丹がとてもおいしかった。季節がきたら訪ねて見て欲しい。

kama03.jpg

kama.jpg

kama02.jpg


 そこから無言になって、一年後にまた釜石を訪ねました。
 行ってよかった。
 一年前の釜石のことを書きたいから書くよ。希望があったんだよ。二年前には感じられなかった希望があったの。その話を聞いて欲しい。辛い話もあるけれど、そこは多めに見て。
 「帰ったきた海馬が耳から駆けてゆく」(新書館)に書いたけれど、二年前友人は海に近づけなかった。
 手前で車を停めて、
「子どもの頃泳いだりした海なんだけど、行けないから行って来て」
 そう言われて防波堤を越えて見た海は、コンクリートで埋め立てられていた。
 彼女の記憶にある海はなく、埋め立てられたことも彼女は知らずにいた。
 伝えるのは辛かったけれど、見たままを伝えた。
 けれど一年前訪ねたときに彼女は、
「海に行きたい」
 と言った。
 そのときわたしは、
「それはあの海には行けなかったけれど、行ける海があったということなのか。それとも今日初めて行ってみようと思えたのか。いつからか思えたのか。わからないけれど聞かずに一緒に行こう」
 そう逡巡しながら、一緒に海に行った。
 きれいな静かな海でした。海鳥がたくさんいて、上の高架が津波で曲がったままだったけれど、それ以外はごく普通の海。
 小さなお子さんを連れた家族連れ、犬の散歩、みんな普通に浜辺を楽しんでいる。
「あ……」
 ふと彼女が言った。
「震災のあとはずっとみんな、浜辺では下を向いて歩いてたって聞くのに」
「どうして?」
「遺品や……家族の何かを探して、みんな砂を見て歩いてた。でも今日は違う」
「……本当だね」
 家族連れを見つめるとお子さんは三歳くらいで、そうかその日のあとに生まれた命なんだと気づいた。
 一年前はまだ悲しみで身動きができないように見えた釜石市が、変わっていた。
 胸が詰まるとかなにかこみ上げるとかそういう大げさな感情ではなく、私もそれを見てる。
 きれいな海だ。
「海と一緒に生きて来たから、海はやっぱり好きだ」
 釜石で生まれて釜石で育って、震災があっても釜石を離れない友人が、初めてそう言うのをわたしは聞いたよ。

kama05.jpg

kama06.jpg

 この日は大槌町に行った。
「町があったんだよ」
 教えられて言葉もないほどに、何もない。大槌町役場は、きっちり震災のときで時計が止まっている。
 写真を撮る気持ちにはなれなかった。
 震災で家を奪われた人々は、復興住宅に入居して新しい生活をしている。
 わたしは田舎で九十六歳で大往生したばあちゃんがいるのでこれは体感として強くあるけれど、一軒家で生まれ育った田舎のじいちゃんばあちゃんは団地に入っただけで弱っていってしまう。
 土地はあるのだから、本当に必要なのか説明のつかない盛り土やスーパー防波堤の前に、小さくてもいいから平屋の復興住宅を作りたい。福島県にはあるの。無茶な話ではないの。
 その住宅に入った職人のおじいちゃんが、人と交わらず鬱傾向になってという話を彼女から聞いた。
 様々なサークルを作って、元々の仕事に近いものを探してすすめたり、とにかく生きてもらおうって彼女は必死。
「趣味とかないの?」
 彼女はじいちゃんに訊いた。
「そんなのいらないんだ。前はふらっと浜に出て煙草吸ってたら、じいちゃんどうしたのって誰かしらが声かけてくれて喋って。そんなんでよかったんだよ」
 じいちゃんはそう言ったという。
 福島県では原発周辺から立ち退きを強いられて散り散りになった人々が、同じ思いをしている。
「でもそれは……もうとりかえせないものだよね」
 聞いているわたしも、認めざるを得なかった。
「うん」
 クラッシュアンドビルドという言葉を使うなら、この老人たちの声にまず耳を傾けて欲しい。
 もう一度作らなければいけないものは、簡単なことじゃない。取り返しがつかないものなんだよ。
 夜、一年前と同じ居酒屋に行ったら、お店が増えていた。
 相変わらず海の幸は、本当においしい。

kama07.jpg

 翌日釜石を離れるときに、朝市を見た。去年から始まったそうだ。
 町の人には大きな笑顔があった。

 この少し前に関東で、六十二歳の女優さんとお話しした。
 小五以来会ってなかった同級生の同窓会に呼ばれて、行ったのよと語られて驚いた。
 どうして行こうと思ったの? と思った。女優さんだからそんな何十年も会っていないのに同窓会に呼ばれて、むしろ嫌じゃなかったのかなって思った。
 女優さんはとても楽しかったと、その同窓会の話をしてくれた。
「わたしも介護や子どものことや離婚や、色々あってね。みんなもがんばって生きてきたんだねえ。いろんなこと乗り越えて、愛おしい、抱きしめたいって抱きしめたの」
 そのときは、その気持ちがわかる日が来るといいけれどまだ遠いかなって思いながら聞いていた。
 でも思いがけず直後に、釜石のごく普通に笑顔をたくさん見て。
 あの日からみんながんばって生きてきたんだね。
 愛おしいなあ。
 がんばって生きてきたんだね。
 わたしもがんばったしわたしもわたしが愛おしい。がんばるねって思えた日だった。
 その五月から一年近くが経って、明日を前にまた気持ちが落ちたけど、愛おしい気持ちを思い出せたし、また釜石にも行きたい。

 七年目のわたしには、一つ大きな変化があったのでそれをご報告して日記を終わります。
 「帰ってきた海馬が耳から駆けてゆく2」(新書館)の震災後の一ヶ月を綴った中に書いたけれど、震災の一週間後からわたしは祈るのをやめました。こんなことをするのが神様ならわたしはもう祈らないと、それ以来頑なに祈らなかった。
 文章の末尾に「祈ってます」と書くべきところにも、わたしは「願ってます」と書く。七年近くそうしてきた。
 去年の十二月に、きっかけがあって震災以来初めて祈った。
 そのときようやく、「祈りは誰かのためにあった。わたしには」と思い出せた。
 神様とはまだちゃんと仲直りはしていなくて、ぎくしゃくしてる。
 でもわたしもこうして変わっていく。

 光のある方へ一人でも多くの人が一歩ずつ行けますようにと、祈る。
 そういう七年目です。
  1. 2018/03/10(土) 14:38:30|
  2. 日記

「わたしTwitter有効活用してるかも?」

 この間友達に話してて、これめっちゃ有効活用だなとふと気づいたのでもしよかったらー、とお薦めしてみる。
 いつの間にかそうなってた、というTwitterの使い方なのですが。
 わたしの場合国際情勢や政治が中心だけど、美術、音楽、文学、歴史、なんにでも応用できると思います。
 わたしの場合なので、国際情勢で説明してみる。
 Twitter上には、大学教授やジャーナリストたちが普通にうろうろしております。
 彼らは! 有事に! ほとんどの人が黙っちゃいられない。「自分の知識に裏打ちされた何か」言わないと気が済まない。
 わたしはそういう方々をリストにぶっこんでいて日々コツコツと読んでいますが、海外の大学で教えている国際政治学者やら社会学者やら民族学者の講義をどんどん読めてしまうのです……すごい有益じゃない!?
 ポイントとしてはわたしは、身元のはっきりしている学者かジャーナリストになるべく絞っています。
 何故かというと彼らは「事実」の話をしたがるので、そこに「感情」をそんなにぶっ込んでこないことが多い。一つの事象、事件に、誰かの激しい感情が入り込むと受け取る側の認知に歪みが生じます。学者には「その事実間違ってる」は死活問題なので「事実」を湾曲しない人が比較的多い。
 じゃあどうやってそういう人を探すか。
 これがいつの間にかそうなっていたところなのですが。
 リツイートなどで「なるほどーそうなんだー。裏打ちされてるようだー」という人を一人見つけるのは結構簡単。探さなくても目に飛び込んでくる。その人をリストに入れる。そうするとその人がまた見識のある人をリツイートする。またリストに入れる。「あ、感情で認知を歪ませる人だ」と思ったらわたしはすぐリストから外します。
 そのリストの中の誰かが以前、
「最近の若者はというけれど高齢者も酷い。会計前に孫がお菓子を開けて食べてるのに、会計するからいいだろうという非常識さ」
 というようなリツイートが拡散されたときに、あるアンケートを取り始めました。
 ちなみに私もこの高齢者の行動は「非常識だ」と思いました。
 そのアンケートは、世界各国ではどういう常識かということで、各国で「うちの国ではそれ当たり前。だってこういう理由だから」「うちでも非常識」というリプライを彼が次々リツイートしました。
 わたしは最初、
「でもここは日本で、日本で起こっている非常識の話だから他国は無関係なのでは?」
 と思いながらそれを眺めていた。
 けれど淡々とリツイートされる世界各国の常識をそれぞれ読んでいたら、
「わたしの常識はわたしの常識でしかない」
 と、ふっと腑に落ちた。
 それは会計前に食べていいと思ったという話ではないんです。
 法律と違って常識は、各自が思い込んで相手に押しつけているものだと思った。
 誰かに対して「非常識」と思ったときに、今後考え方が変わるだろうと思いました。
 それはわたしにはよい気づきだったと思います。

 気をつけないといけないなと思うのは、見ての通りのわたしは結構左よりな人です。
 そうすると、共感するアカウントばかりをリストに入れて行くと、反対側の常識や理屈が全く見えなくなってしまう。
 だから「同意は出来ないけど筋が通っている事実の話をする人」を見つけたらその人もリストに入れます。
 黙ってられない学者達のTwitter講義はわたしにはかなり有益。

 わたしの場合は国際情勢が中心ですが、美大の教授もいればクラシックの専門家もいるので、興味のあることのリスト作りをオススメしてみた。
 政治に関しては、感情で左右に激しく揺れる人を見続けることはわたしはおすすめしないです。右でも左でも。
 そこには大きな不満があるので、その不満にずっとつきあってると自分の心が削られちゃうよ。
 ではまた!
  1. 2018/02/25(日) 13:18:59|
  2. 日記

「被害者に過失があったというのは、加害者がほとんど必ず使ってくる論法」

 タイトルは弁護士さんの言葉です。
 この言葉はあらゆる場面で思い出してください。あなたが何かの被害者になったときにも、被害者と触れ合うときにもどうか思い出してください。
 昨日ツイートした、友人が受けたパワハラについて日記にもう少し詳しく纏めます。今回担当してくださった弁護士さんにも目を通していただきました。
 一つ読む前に念頭に置いていただきたいのは、これは私の友人である彼女のケースだということです。状況、職場、なにより個人はそれぞれ様々違います。
 また、私が出会った弁護士さんは本当に幸運にも優秀で弱者の側に立つ方でした。その幸運は、被害を受けている全ての方に巡ることを心から願います。
 この記事が全てのハラスメントの被害者に適用するということではありませんが、それでも必要な方にこの文章が届くことを願って綴ります。
 なるべく私の感情は省いて、事実を語っていけるように努力しますね。

 友人は現在の職場に勤続10年です。
 私と彼女の友人としてのつきあいは、その何倍もです。
 ここ数年、彼女から聞く言葉のほとんどが職場で受けている不当な対応の話になっていました。
 私は会社に勤めたことがないので聞くことしかできないと思いながらも、
「それはその人がおかしいのでは」
 と、聞いていて言える限りのことを言う。そんな日々でした。
 去年、はっきりと彼女が以前と変わってきたと、感じ始めました。
 友人に対してこうした言葉を使うのは抵抗がありますが、判断力が下がり、社会力が落ちて、それは日常にも及んでいました。
 どんなにパワハラを受けている人物にでも、
「仕事を辞めて欲しい」
 とはなかなか言い出せないものです。その後転職できるのか、転職先なら大丈夫だという保証もないと、自分の責任について考えてしまい言えませんでした。
 それでも言えることを選んで具体的に「こうしたら?」ということを言っても、彼女はまた同じ被害を受けて同じ言葉を繰り返す。
 本当に彼女には申し訳なかったと今も深く悔やみますが、私は苛立ち始めていました。
 何故されるままでいて何も行動しないのかと思っていました。
 秋に彼女らしくない言葉を聞いて初めて、
「あなたの人格に影響している。人生が変わってしまう。今の職場を辞めて欲しい」
 そう言葉にしました。
 その後年末に会ったときに彼女から、クリスマスイブに夜五通続けて送られて来た、上司からの恫喝と脅迫のメールを見せられました。
 そのとき彼女が言った言葉が、私は忘れられません。
「また怒られるかもしれないけど」
 ただでさえ心細い中で、彼女は私にも怯えていたのです。
 メールは喫茶店で立ち上がる程の内容でした。
「これは必ず何かしらの手段がある恫喝だから、専門家に相談したい」
 私から彼女に言うと、「頼りにしている」と言ってくれました。
 このとき思ったことですが、パワハラに限らず何かしらのハラスメントをする人物は、まともに話し合える相手ではないです。メールの内容は、「何故そんなことを言える」と思える人間の良識で書けるものではありませんでした。そういう人物は何をするかわかりません。危険なので個人で対峙しようと思わずに、専門家を頼ることを私は強くお薦めします。ハードルは高くないです。
 師走も押し迫っていた日でしたが、その日のうちに弁護士さんに相談しました。この弁護士さんとは私はなんとその日のたった三日前に出会った方で、すぐさまお世話になるとは自分でも想像しませんでしたが、その弁護士さんがいなかったらと思うと今も恐ろしく、出会えたことは繰り返しますが本当に幸運でした。
 弁護士さんと何往復もメールをして、その度友人に、
「これでいい? 相談に行ける?」
 と確認を取りました。
 あとは会社携帯を返却する(これは辞職とは無関係に事務上決まっていたことです)前に相談に行く日を決めるだけという段になって友人が、
「やっぱりいい」
 そう言い出しました。
 このときのことは、大きな後悔でもあり、けれどそうするべきだったという思いもあり、私自身にはなんとも言えません。
 強い言葉で、「そういうところから変わっていこうよ」と友人を非難しました。
 私の非難に友人は恐らく怯えて、相談日を決めました。
 恐らく今の彼女では話がほとんどできないのではと思い弁護士さんに、
「過保護でお恥ずかしいのですが、ついて行ってもいいですか」
 そう伺うと、
「パワハラやセクハラを受けている方は、ほとんどの方がご友人に付き添われて来ます。ご本人がもう何かできる状態ではないので」
 そう言われました。
 年明け、相談に行く前に弁護士さんに私だけが会って詳しい話をしました。
「友人の判断力や社会力の低下が不安です。人が変わってしまった」
 その話をすると弁護士さんは、
「パワハラを受けている方は、支配から思考が停止してそういう状態になりやすいです。そういう方を何人も見てきたし、身内でもありました」
 ご家族がパワハラを受けたときの経験を話してくださいました。
 私の友人と同じで、あらゆることに反応が鈍くなっていると気づいて、慌てて対処に動いたというお話でした。
 その可能性について私は考えていませんでした。言われて初めて知った次第です。
 友人を連れて、その弁護士さんの事務所に行きました。
 友人は眠れなかった様子で、何度も溜息を吐いていました。
「気さくな方だから緊張しないで」
 繰り返しても、赤い目をして俯いていました。
 事務所の相談室で、相談自体は一時間程でした。相談料は三十分五千円。もしかしたら弁護士さんによってここは違うかもしれないので、自分もと思う場合は確認してください。
 できるだけ口を挟まずに聞いていようと友人の隣にいて、友人がまずその恫喝のメール弁護士さんに見せました。
 弁護士さんはそれを読んで顔色を変えて、
「これは見てきた中でもかなり悪質です。あなたは何も悪くないです。相手が一方的に悪い」
 そう何度も繰り返してくださいました。怒ってもくれました。それは本当にありがたかった。
「こんなことを言われるのは、自分が悪いのかと思っていた」
 友人は泣きました。
 隣で私は泣くまいと堪えましたが、そんなにも彼女が辛い中にいてもう何もできない状態になっているのに、気づくことができなかったことをいくら悔いてもそれは終わることのない後悔です。
「方法は三つあります。労基に入ってもらうこと。民事訴訟を起こすこと。刑事訴訟を起こすことです」
 ここで留意していただきたいのですが、友人の場合、恫喝メールが証拠となって敗訴の可能性は限りなく低いという状況だということです。けれど証拠が手元になくてもハラスメントに苦しんでいるなら、まずこのように専門家に相談はしてみてください。後述しますが、証拠の取り方も説明してくださいました。
 その説明を聞いていて、今回私が思ったところを書きます。あくまで友人の場合の私の判断です。
・友人は裁判を起こせるようなタイプではないことは、事前に弁護士さんに説明してありました。けれど民事訴訟の説明を受けていたら、友人本人が法廷に立たなければならないのは一度で、今回は敗訴の可能性も低いので気力があればと思いました。
・友人はその上司のこと以外には仕事にやり甲斐も感じていて、辞めたくないという気持ちも半分あるとこの日初めて聞きました。そうすると在職しながら職場の上司を訴えるということは、やはりハードルが高い。
・辞めるにしても、民事裁判に勝訴しての慰謝料はだいたいですが百万以下ではないかということでした。それでは転職までの間生活するのにも、あっという間に尽きてしまう。この場合裁判の目的は、加害者にきちんとした社会的な制裁を与えるためということになります。
・だとしたら労基に入ってもらって、会社に対応をしてもらうのがベストなのではないかと私は思いました。
・こうした被害の時効は三年。退職して転職してから、行動を起こすことが本人に最も負担が少ないのではないかと思いました。
 弁護士さんが友人に言ってくれた言葉は、
「あなたは何も悪くないのだから、どうするのかを選ぶことも全てあなたの権利です。負担なら何もしない権利もあるんですよ」
 ということでした。
 それも聞いている私には、とてもありがたい言葉でした。
 証拠の取り方は、
・このようなメールが来たら、日付や送り主のメールアドレスがわかる形でスクリーンショット、あるいは携帯全体を撮影するなどして、更にプリントアウトする。この辺りは間違えると怖いので、本当に専門家に改めて尋ねてください。
・日付の入っている手帳に、受けたパワハラを記録するだけでも証拠になり得る。
・言葉での恫喝があるなら、レコーダーを持って、呼び出されたとき、二人きりになるときなどに、あらかじめ録音状態で鞄やポケットに入れておく。何かあってから録音ボタンを押せる人は少ない。暴力を受けても音声が入るので、音のデータで充分。
 繰り返しますが、証拠については改めて専門家に各自確認はしてください。
 やはりその場で友人は決められませんでしたが、一つ一つやって行こうと相談を終わりました。
「何かあったら私に連絡してください。電話をいただく分には相談料はかかりません。私があなたのことを気に掛けていると忘れないでください」
 弁護士さんが最後にそう言ってくれました。
 食事をしてレコーダーを買って帰ろうと、店に入りました。
「ごめん」
 と、友人は泣きました。
 私にも見捨てられるのかと怖かったと言いました。
 そう思わせてしまうだけ自分が苛立っていた自覚が、はっきりあります。心細く傷つき果てている友人になんと思いやりが足りなかったのかと、その後悔は終わりませんが、これから彼女にできることをしていこうと思います。
 これは結果論ですが。
 その恫喝メールを受け取った友人のそのときの心境を思うととてもよかったとは言えませんが、その決定的に相手がおかしいとはっきりわかるメールがなかったらと思うと、私は怖いです。
 友人が変わってしまった理由が支配であると気づかないまま時が経っていたら、もっと取り返しのつかないことになっていた。
 また、そのメールがあるので、裁判になったとしても間違いのない証拠になります。
 これからできることをしていくけれど、一番の後悔は被害者である友人に対して、
「あなたは何も悪くない」
 という一番大切な言葉を、私はもう言わなくなっていたということです。
 弁護士さんがそう言ってくれたときに友人がどれだけ安心したのかわかって、言葉にはできない後悔に息が詰まりました。
 これは彼女のケースです。
 訴訟のことなどは全ての人に当てはまらないだろうし、また弁護士さんも本当に色々です。気力がなくても、まず弱者に立つ案件を扱う弁護士さんかどうかを確認してから相談してみて欲しい。
 具体的なことでもこの記事が、苦しんでいる誰かのお役に立つことを願います。
 そして今回何より伝えたいのは、この記事のタイトルの言葉です。
 被害者は被害者でしかない。
 被害を受けた人自身にその被害の原因があるというような人間は、加害者と同等だと私は強く思います。
 私も友人に対して、そうだった。
 そのことはこれからも忘れることはないです。

 相談のあと、友人は安心から寝ついてしまいました。
 体調が復調して、誘っていたクラシックのコンサートに行きたいと言ってくれました。
 そういったこともここのところなかった。
 無理なくゆっくり楽しいことを一緒に積み重ねていきます。
 もし彼女がやっぱり行けないと言ったら、また今度と。
 少しずつです。

 今回お世話になった弁護士さんが、言葉を寄せてくださいました。
 最後に追記します。
 本当にありがとうございました。

『パワハラ事案は定型的ではなく、被害も様々で、対応策も場面場面によって変わってきます。対策や防衛策については、一般論より、「あなただけの」専門家に相談するのが1番です。
弁護士は守秘義務を持っていますから、どんな相談をしても大丈夫です。誰にもできない相談なら、まず弁護士に相談してみてください。
「傷つけられるのは被害者が悪いから」なんてことあるわけがないんです。傷つける人が悪いに決まってます。でも、それが信じられなくなってしまったらその時には私たちに、本当のところ、私のケースはどうかな?って相談してみてください。
私たちは、助けたくてここにいるんですから。』
  1. 2018/01/22(月) 12:56:04|
  2. 日記

「色悪作家と校正者の不貞」(ディアプラス文庫)初回特典SSあり・12/9発行

 楽しく楽しく書いているディアプラスの「色悪作家と校正者」シリーズ第一弾、「色悪作家と校正者の不貞」が12/9に発行になります。
 このシリーズは、歴史校正会社に勤める歴史校正者塔野正祐と、小説家東堂大吾の、本を巡り巡る物語です。
 おもしろいよ!
 本が好きだなあって思いながら、楽しく書いていて今「色悪作家と校正者の貞節」「色悪作家と校正者の純潔」と三作目まで書いております。その第1巻。
 西荻窪を舞台に、日本酒とおいしい居酒屋も出て参ります。
 後書きに書いてありますがこの話を思いついたきっかけは、ええとわたしがですね、以前某歴史小説を書かせていただいたときに歴史校正を初めて体験いたしまして。
 それはもう壮絶な赤と鉛筆と資料の添付を経験し、おかげで素晴らしい本が上梓できたと思えたのは本が出てからで、歴史校正と向き合っている最中は、
「やつざきにしてくれるー!」
 と書き込みに叫んでいたのを数年が経って、
「おかしてやる」
 くらいに落ちついたということが帯にそのまま大吾の台詞で抜かれておりますな……あははごめんな会ったこともない校正さん。
 その経験を元に、楽しいシリーズが構築できたと本当に感謝しています。
 阿蘇芳秀はいつも自分から遠いと思っておりますが、そんなわけで東堂大吾は若干近い作家。作中に出て来る「寺子屋あやまり役宗方清庵シリーズ」もいつか自分で書こうと思っていたプロットを流用しました。わたしが書きたいなーと思う作品を書いていたりもするのが大吾です。

 本を巡る二人のシリーズなので、書き下ろしSS、初回SSは全て本をテーマにしました。
 貞節までを書いてアンケートを読んだら、
「このシリーズに出てくる本を読んでみようと思います」
 と書いてくださった方が多くて、それがすごく嬉しかったんです。
 でも不貞と貞節を書いたときはその視点がわたしになかったので、SSは読んでいただけたら楽しいかもしれない本を選んでそれをテーマに書きました。
 どの特典を選ぶか、お好きなタイプの本で選んでいただけたら嬉しいです。
 本編の書き下ろしには、「色悪作家と校正者の八郎」、「八郎」(斎藤隆介・滝平二郎作)を巡る居酒屋鳥八での大吾と正祐の師走の痴話喧嘩。「八郎」は大好きな絵本です。
 【店舗特典・協力書店で購入した方のみ】書き下ろしSSペーパーには、「色悪作家と校正者の蟹工船」。「蟹工船」を巡る鳥八での二人の……喧嘩ばっかりだなこの二人は。協力書店さん一覧はこちらです。「蟹工船」は正直、楽しいかと言われたらうんごめんわたしが最後の一文が大好きなだけなんだ。大吾っぽいなと思って選びました。
 【店舗特典・コミコミスタジオ様で購入した方のみ】書き下ろしSS小冊子は「色悪作家と校正者の台所のおと」です。「台所のおと」(幸田文)本当に素晴らしい短編。未読なら是非読んで頂きたい作品です。コミコミさんでは「台所のおと」と「蟹工船」の両方が入手できるはず。「台所のおと」を巡って正祐の部屋で喧嘩をする二人。いつも喧嘩ばかり。
 そして【店舗特典・アニメイト様で購入した方のみ】書き下ろしSSシートには「色悪作家と校正者の冷たい方程式」です。名作SF「冷たい方程式」(トム・ゴドウィン)本当に傑作。おもしろいよ。「冷たい方程式」を巡って大吾の家で喧嘩を……。「冷たい方程式」は「さあ、今から担当替えです 毎日晴天!14」の中でも阿蘇芳秀の作家性として引用していますが、わたしの「冷たい方程式」フェアでございます。短編なので是非。アニメイトさんでは「冷たい方程式」と「蟹工船」の両方がついてきます。
 お好きな本で特典を選んでみてください。
 【店舗特典・ホーリンラブブックス・まんが王・漫画全巻ドットコム様で購入した方のみ】イラストブロマイドをプレゼント。
 麻々原絵里依先生のカバーと口絵、そして本文のイラストやおいしそうな食べ物の絵が嬉しいです。
 お好きな本で特典を選んでみてください。
 楽しい本になりました。
 楽しんでいただけましたら心から幸いです。
  1. 2017/12/05(火) 23:09:16|
  2. 告知

「さあ、今から担当替えです 毎日晴天!14」11/30発売/2017年「毎日晴天!」発行物まとめ

 「毎日晴天!」シリーズ最新刊、「さあ、今から担当替えです 毎日晴天!14」が明日発売になります。
 13巻の後書きで、こっちが先に出て来たのだけど半年時間が動くので勇太と真弓が卒業となりましたと書いたその話がこちらになります。
 愉快な話にしたいなあと、思いつき、シリーズ過去ないくらいに楽しい巻になったかと思います。
 二宮悦巳先生のカバー、バースかわいそかわいい口絵、そしてイラストが本当に素敵です。
 校正していて自分で、
「すげーおもしれーな」
 と初めて言いました。
 楽しんでくださったら本当に嬉しいです。
 後日談になる特典ペーパー、「阿蘇芳秀先生の小説を読んでみよう!」はCharaのサイトを見てみてください。
 よろしくお願いします。

 今年はキャラ文庫20周年ということで、いつにもまして晴天を書きました。
 2017年の晴天シリーズをまとめます。
 昨年度まではこちらをご覧ください。

「キャラ文庫アンソロジーⅠ(仮)」2017年12月20日頃発売予定
「君の味噌汁おまえの原稿」収録
 文字通り、大河の味噌汁と秀の原稿を巡る、帯刀家の味噌を巡り巡るオールキャラです。
 おもしろいと思う!
 わたしはいつでも自己肯定が上手い。
 いやでもこれはかなりおもしろいよ。

「キャラ文庫コミカライズ・コレクション」 2017年11月25日発売
作画・二宮悦巳先生
「どこでも晴天!」
 小説Charaからの再録です。大河と秀が、真弓と勇太の学校の保護者面談に呼ばれて……という二人のスーツがとても素敵な漫画です。
「初めての夏、あの日の浴衣」
 原作書き下ろしです。
 高校一年生のときに秀が真弓に縫った浴衣。
 真弓は大学一年生になったけれど、その浴衣の行方は……。
 二宮先生の久しぶりの晴天、本当に嬉しかった。かわいいです。

「小説Chara vol.37」 2017年11月22日発売
「夫婦善哉ってなんだっけ?」収録
 大河と秀を中心にした、オールキャラです。14巻の前哨戦になります。
 秀が図太くなりました……。

「Chara Collection EXTRA 2017」
キャラ文庫創刊20周年記念全員サービス
「SF作家は遠い星から落ちてきた」
 秀が故郷に悩む物語……?
 愉快だよ。

「Charaバースデーフェア2017 プレミアムペーパーセレクション」
「次男がタイプの彼氏はファザコン」収録
 そういえば勇太は昔、この兄弟の中で一番好みのタイプは明信だと言っていた……ということは真弓の中で永遠に燻るのであった。という話。

「Charaバースデーフェア2017」
「みんな二人でなに話してるの?」収録
 大学生と社会人になって、勇太と共通の話題が少なくなった真弓が、「みんなは何話してるの?」と訪ねてきたのでそのことをちょっと考えた、龍と明信のお話。

 たくさん書いたね。
 お手元に届きますように。
 「毎日晴天!」は来年で20周年になります。
 何か楽しいことができたらいいなと思いつつ、20年目もよろしくお願いします。
  1. 2017/11/29(水) 21:54:59|
  2. 毎日晴天!
次のページ