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菅野彰

菅野彰の日記です

「八年目の気持ち」

 東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、被災された皆様にお見舞いを申し上げます。

 七年目、六年目の日記を今自分で読み返してみて、一年ごとに気持ちが大きく変化していることを改めて知ります。
 それはわたしだけではないだろうし、前に進めず苦しんでいる人もたくさんいる。
 一人一人この日の思いは違うと、八年目のわたしはそのことを去年よりも考えています。

 ここ、福島県にいて。1年に一度か二度、津波の被害に遭った海辺を歩いて。
 風化という言葉があるけれど、八年目がやってきて変化はたくさん感じてる。
 多くの人が前を向いている。わたしは向いている。
 でも留まっている人を忘れずにいたい。置いていかないよ。忘れないよ。

 そういう中、
「もう風評被害と向き合うことに時間を割くことを減らす。消費者となってくれる人に、どうやって安全でおいしいものを届けるかということに向き合う」
 という具体的な動きに、七年目からはわたしも切り替えました。
 買わない人は買うことはないのだろうし、風評被害を続ける人は続ける。
 そのことは動かないようなので、前向きに消費者と向き合いたい。
 数値の改ざんがあったならそれは福島県に住んでいるわたしにとって大きな問題なので、数値も見て行く。それを追って伝えるのは、一番にはここに住んでいる人々、身近に顔が見える子どもたちのためです。
 風評被害と向き合う時間は減っても、それが差別に向かったときはわたしはまだ向き合う。いつまでも、差別とは向き合う。
 そのことについて堅い話を最後にするので、読めたら読んでね。

 その前に少し堅くない話。
 七年目の気持ちに、「祈りを取り戻した」と書きました。
 1年の間に様々思うところあり、その祈りは「ぺっ!」ってお返ししました。
 誰に返したのかもわかんない。重い気持ちではなく、「ぺっ!」て返した。
 その「ぺっ!」て返した気持ちは、震災の一週間後に「わたしはもう祈らない」と決めたときの凄惨な気持ちとはかけ離れた、軽い気持ちです。「いらないこの祈り」くらいの軽さ。
 突然のようですが日本語って、ちょっと難しくない? 曖昧な部分が多い。わたしはそれって、良くも悪くも日本人の気質にあった曖昧さなんだと思う。ふわっとゆるく「まあいいか許しちゃおう。まあいいかなあなあで」という気持ちに即した言語なんじゃないかなって、思ってる。説明できない気持ちみたいな言葉、日本語にはたくさんある。英訳できない言葉。グレーゾーン対応がSNS以前は曖昧にできていた部分も大きかったと思うので、いいところでもある。白黒つけなきゃいけないことをつけないという意味では、悪いこともある。善し悪しかな。
 日本語はそういうものだとわたしは思っているので、時々、英語の方がわかりやすいなっても思います(はっきりさせておかなければならないけれどしゃべれないよ!)。
「私は祈る」
「I pray」
「私は祈らない」
「I do not pray」
感覚かな。わたしにはこういうときは、英語の方がわかりやすい。
「『I』はわたし以外の何者でもない」
そうはっきりわかる。
祈るのもわたし。
祈らないのもわたし。
それはわたしの話で、わたしのことはわたしのことでしかない。
人と生きていて、たくさんの人に力を借りて、交わって、別れて、話をして、そういう中でわたしの何かを決める。
人と生きているけれど、決めるのは「わたし」。
決めた結果もわたしのこと。
なので「ぺ!」って返したけど、それはわたしのことなのであった。
わたしのことはわたしのことだとと思えているのは、わたしにはよいことです。
ほら日本語って難しい。
わたしは祈らないけど、それはわたしのことなのはわたしにはとてもいいことです。
伝わるかな。

 では、堅い話をさせてください。
 わたしもしかしたら来年はここに住んでいないかもしれないので、ここを離れて気持ちが離れてしまうことを少し不安に思っているから。福島県の人である今のうちに、堅い話です。
 もしよかったら、今日じゃなくてもいいからおつきあいください。
 福島県に住んでいるわたしには、原発と風評被害には強い当事者感情があります。
 その当事者感情によって、認知が歪んでいたと気づいたのは去年のことです。
 福島県の数値について大きな声を上げる方は、脱原発派、リベラル、左派、反現政権、野党派の方々であることが多い。
 わたしは強いリベラルです。リベラルには様々な解釈があるかもしれないけれど、わたしが唯一絶対に許容しないのは「差別」です。
 そして人はわたしを左派だと思っているかもしれません。そうした言葉でSNSなどで非難されることはままあります。
 わたしは今、左派でも右派でもない。与党でも野党でもない。逃げではなく本心です。
 わたしは、差別を許容しないリベラルです。
 福島県への風評被害と、脱原発は一枚岩になっていることが多い。
 現政権と与党批判のために脱原発が語られるとき、福島県への風評被害が巻き込まれていることがとても多い。
 けれど「脱原発」と「風評被害」は、「痴漢えん罪」と「痴漢被害」のように、よく似て見えるけれど全く真逆のことです。
 わたし自身は今、この災害大国の島国である日本には脱原発は必要だと考えています。震災で福島第一原発に起こったことは終わりが見えず、その犠牲になっている方々をまっすぐ見たら、代替エネルギーについて真剣に考えなくてはならないと思う。
 それでも、脱原発のために誰一人として犠牲になってはならない。
 脱原発の声を上げて与党批判をしているときに、それが福島県民への差別に繋がっていることに、せめてリベラルならば気づいて欲しい。
 沖縄の米軍基地問題を追っていると、
「何故、日本に米軍基地を置くという日本の問題なのに、沖縄県民が分断されこうして疲弊した挙げ句、批判も受けるのか」
 その問題のずれに、ジレンマを感じます。
 脱原発も同じ。
 原発によるエネルギーは、福島県にだけ供給されているわけじゃないよ。脱原発も原発維持も、この国全ての人に関わる問題。
 FUKUSHIMAのことじゃない。
 脱原発と原発推進に声を上げている両方の人々に気づいて欲しいと、堅い話をしました。
 どの政党支持者も「福島県と脱原発と風評被害」を、政党支持や政権批判のために引用するなら、その先に「生きている人間」が存在していることをいちいち思い出して。
 お願いだから一人一人の顔を見てみて。
 原発推進派なら、現在福島第一原発の被害によって少なくとも4万人(正確な数字は推移しているので調べてみて)を超えている人々が避難生活を送っているからその一人一人の現状を思い浮かべて。廃炉作業をしている人の顔を思い浮かべてほしい。
 脱原発の声を上げるのなら、「福島県の放射能被害が」と裏打ちされていない衝撃の大きい数値や状況を言葉にする前に、ここに住む子どもたちが将来結婚や出産のことを不安に思っていることを知って。その言葉を聞いてください。
 そういうお願いです。
 じゃあどうしたらいいのかといえば、わたしは代替エネルギーで可能なのか検証して脱原発を目指すことだけがゴールだと思う。
 ゴールのために犠牲者は必要ないです。
 とても堅い話でした。
 堅い話でごめんなさいとは言わない。
 これが福島県に住んで日々子どもたちの顔を見て暮らしているわたしの、八年目の当事者感情です。
 感情を込めた、目指したい現実的なゴールです。


 堅い話をしたけれど、いつものサンドイッチをおいしく食べたよ。
「いつものサンドイッチがいつもじゃなかった日々を忘れないよ/3月11日」
 おいしい、大切なサンドイッチ。
 わたしはこのサンドイッチが大好き。

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 引っ越すことには個人的な事情。まだ決定はしていないけど、引っ越さないといけないかなという感じです。
 時々ツイートしてる写真見てくれてますか?
 きれいなところでしょう。空気もきれい。水もおいしい。食べ物もおいしい。
 朝焼けや夕暮れも、毎日とても美しい。
 わたしはここがとても好きです。本当は離れたくない。
 わたしはここがとても好きです。

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 だってとてもきれい。

 そしてきれいな夜もくれば、

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 ちゃんと、きれいな朝も訪れます。

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 その朝を生きるのはわたしです。
 八年目も、わたしはよく生きるね。
 できればみなさんも、よく生きて。
  1. 2019/03/11(月) 13:12:26|
  2. 日記

「自分や身近な人の、耳の聞こえ方に悩む方へ」(2019/1/29追記)

 聴覚の真面目な話です。
 同じようなことで悩んでいる方、特に、
「もしかしてうちの子どもはそのことに悩んでいるのかもしれない」
 という方に届くといいなと思いながら書きます。
 全て自分のこと、自分の経験を通しての話になりますが、
「あ、自分もそうかも。身近な人もそうかも」
 となったときに、調べる具体的な方法、調整できるかもしれない療法が存在するので、そうしたいと思ったらご紹介した方や、同じような療法士の方にお問い合わせしてみてください。
 これを書く上で強く思うのは、自分の感覚だけを気にかけて欲しいということ。
 たとえば他者に聴覚の悩みを話して、
「気のせいでは。精神的なものでは。別に特別なことではないのでは」
 と言われても、それは一切気にしないで欲しい。耳や目のことは本当に1人1人違うので、専門家ではない他者の言葉にほとんど意味はないというのが現在のわたしの考えです。
 あなたがどんな風に音が聞こえているのかは、言葉では他者には伝わらない。けれど数値化することができます。
 読みながら「私もだ」と自分で思う部分があれば、その数字を調べてみるのもいいと思います。
 なるべく整理して書きたいけれど、何処に共感点があるのかわからないので、自分のことを一つ一つ書いていきます。
 長くなりますが、拾いながら読んでください。

 結論から言うとわたしの聴覚は、一般的な聴覚よりかなり聞こえ過ぎているという数値になりました。
 40過ぎているので聴力は普通衰えるし、実際衰えるている自覚もあるので、子どもの頃の聞こえ方は酷いものだったと思います。
 35歳くらいまでは、時折、
「音に殺される」
 という苦痛とともにいました。

 具体的なことを幼児期から順に書いていきます。
 最初に、
「自分は音に対する感覚がおかしいのだろうか」
 と思ったのは6歳でピアノを習い始めた時です。
 大きく響く高い音に、尋常ではない恐怖を覚えました。きっかけは譜面台のビスがピアノの音で振動するのを見た瞬間だったのもあって、自分でも精神的なものだと思い込みました。
「強く打鍵して」
 と言われても恐ろしくてできない。
 ピアノ教室でも家でも叱られるし、
「大きな高い音が死ぬほど怖い」
 と言っても理解はされません。
 ピアノだけでなく、音楽、テレビ、大きな音という音が恐ろしく、聞こえると過剰に心拍数が上がり、
「音を小さくして、音を消して」
 と半狂乱になることもある。
 周囲からしたら神経質で頭のおかしな子どもです。
 自分でも、自分はおかしいと思っていました。
 ピアノは続けられず、中学生になって吹奏楽部の男の子がわたしの聴覚の過敏に気づきました。
 トロンボーンを持って近づいてきて、わたしの近くで大きな高音を鳴らす。
 その恐怖で極度に怯えるわたしを、彼は多分ただからかっているだけだっただろうし、周囲もじゃれていると思っていたと思います。
 その時、彼がわたしに近づいてくる恐怖は、心拍数は極端に上がり貧血になるほどで、けれどそのことも誰にも理解はされませんでした。
 わたしも言えなかった。
 どう言ったらいいのかわからないし、ふざけているだけなのもわかっていたのです。
 彼もこんな思いをさせようとしているわけではなく、させていることもわかっていないのだろうとは思いました。なので彼のことは今も悪くは思っていません。
 このこと以外もそうですが、トロンボーンがそんなに恐ろしいと言ったら、自分の頭がおかしいと思われるだろうとも思い言えませんでした。
 その後も、音楽やテレビが無作為に掛かっている状況が苦痛で、言える相手なら消してもらい、無理ならイヤホンや耳栓をして遮断して、それは現在も変わらずです。
 音楽ならばまだいいけれと、もちろん騒音は死ぬほど辛い。
 30歳過ぎて転居した場所が騒音が辛く、
「ここに暮らしていたら死んでしまう」
 と、そこから転居を2度しました。
 無音の世界に暮らしたいと、この頃が一番音に苦しんだ時期でした。これは最初の騒音の中で数ヶ月を暮らしたことが引き金になったと、今は思います。

 最近、その音に対する神経質さが、過剰ではなくなったと気づきました。
 年齢のせいかなとも思ったけど、ここ2年ほど好きな音楽がはっきりしたので、可能な限りその音楽を聴き続けていて、ずっとかたわらにあったストレスが劇的に軽減したんだと思います。好きな音だけ聴き続けている。
 ただこれも今回聴覚を調べて色々お話しして、
「ずっと耳を疲労させてるからいいことではないです」
 と言われました。
 わたしは日常的に自宅の仕事部屋でもカナル式のイヤホンで音楽を聴いていて、耳栓も持ち歩いています。聴けない音を遮断できない状況だとうろたえるので、イヤホンが見当たらないと落ち着きをなくします。普通の狼狽ではないです。

 それらのことがメンタルのせいではなく、聴覚のせいなのではないかと初めて思ったのは、今年になってからでした。
 大分音に対する感覚がマシになったと思ったのは2年ほどなのですが、今年の頭にある男性の歌を聴いていて高音域が辛く感じました。
 元々高音域が得意な声量のある方で、スキルアップしてすごい声量で高音を出すように最近なられた。
「高音大き過ぎない? しんどくない?」
 同じ歌を聴いている方に尋ねても、しんどいのはどうやらわたしだけ。
 次に彼のコンサートに行ったとき高音を張られるところで無意識に両手が耳にいって両耳を塞いでしまいそうになりました。
 とても失礼な行為だと慌てて手を下ろして、でもそれほどこの高音が自分には辛いと自覚しました。
 その後、恐らくは絶対音感があり聴力もとても高い方とお話しする機会があって、その方が発信する音楽の話をさせていただきました。
 普段音楽を聴いて誰かに、
「こうだったよね?」
 と話しても、
「そうかな?」
 と言われることがその方だと、
「そうそう、そうなんですよ」
 と返って、やはりその音は存在すると知り、けれど多分多くの人には聞こえないのが当たり前なのだとも気づきました。
 そこでやっと、
「わたしの可聴音域は生まれつき広すぎるのでは? もしくは聞こえ方が何か違う」
 という考えに至りました。
 たとえば色盲の方は、自分の見え方が色盲ではない方と違うということに成人しても気づかないということがあります。
 誰しも自分の見え方聞こえ方が、みんなと同じ世界の色世界の音だと思っているもので、わたしもそう思っていたけど違うのかもしれない。
 けれど耳鼻咽喉科の聴力検査では測れないだろうと思っていた所に友人が、
「友達が、多分そういったことを調べて、日常に障りがあるなら調整もするという療法士をしている」
 と、その方を紹介してくれました。
 わたしが紹介していただいたのは、二村典子先生です。吉祥寺と麻布で療法士をしてらっしゃいます。
 療法はトマティスというもので、信号の出る機材を使って5つの検査をします。
 結果としては、やはりかなり聞こえ過ぎていました。
「現在の年齢でこれだけ聞こえていたら、子どもの頃は辛かったでしょうね」
 そう言われて、わたしは子どもの頃からの経験を二村先生に話しました。
 今まで仕事の取材で、カウンセリング的なもので自分のことを話す、言い当てられるというような経験はたくさんあったのですが、子どもの頃からの自分の経験や思いをあんな風に滝のようにお話ししたのは初めてでした。
 そういう自分に驚き戸惑ったけれど今思うと、
「自分にはこんなにも苦痛で恐怖である音が、誰にも理解されない。他者には聞こえていない。幻聴かもしれない。自分は心が病んでいるのではないか」
 そう思わない日が、その日までただの1日もなかったのだと気づきました。
 それは長い苦痛で、病んでいるわけではないと初めて思えたことはとても大きく、今後生きていく中でわたしには大切な安堵でした。
 惜しむらくは子どもの頃にこのことを知れたならと、心から思います。
 トマティスは本来、たとえば「さ行」が発語できないお子さんに、
「もしかしてさ行が聞こえていないのでは?」
 と調べてあげて、可能なら聞こえるように、発語できるように調整する。
 というようなことが目的の多くかと思います。
 またわたしのような聞こえ過ぎで音に過剰な恐怖を感じる子どもがいれば、その恐怖を軽減することを試みる、何より理解するということ。
 時代は常に進化して、医療や技術に対して、
「あの頃これがあれば」
 と思うことはいくつもあるし、けれどそれはもう考えてもしかたがないので普段ならわたしは考えないです。
 でもこの聴覚のことだけは、子どもの自分に与えたかった。
 一番辛かったのは、時には殺されるというほどの恐怖が、
「神経質な子どもだ」
 と理解されないことと、何より自分自身でも、
「こんなに音が恐ろしいわたしは頭がおかしい」
 と思っていたことです。
 もし身近に、
「もしかしてこの子も?」
 と思うお子さんがいたら、そんなに堅苦しい検査ではないので、試みていただけたらと願います。
 現在のわたしは過剰だった聴覚も恐らく年齢なりに衰え、
「音楽を聴くにはとてもいい耳。けれど聞こえ過ぎていることには変わりないので、自衛はしてください」
 と言われ、ならばテレビが辛い自分は仕方ないとわかったし、好きな音楽をできる限り楽しもうとそんな感じでおります。
 でも長かったなあと何度でも思う。
 自分はおかしい、音が辛い、という毎日。
 知ることができたので、ここからはまず聞こえ方について自分をおかしいとは思わずに過ごすね。
 それは本当に、とても大きな幸いです。
 残念だけど今は好きだった歌い手さんの高音が辛いけど、折り合い方を探すうちにわたしの聴力も変化するかなとそれも楽観的な気持ちでいます。理由がわかったから。
「何か音楽をやらないんですか?」
 二村先生に訊かれました。
 よく聴こえているなくらいには思っていたので自分でもたまに不思議に思うけど、全く奏でられないいつでも聴くのみ。ピアノも怖かったというのもあり。
 音楽はただ聴くために生まれてまいりましたよ。
 これからも楽しみたいです。

 今回わたしがお世話になった、二村典子先生のホームページです。
 私は一音聴いてから押している自覚がありました。
 二村先生が、
「本当はもう一音前に聞こえていますよね。ですからこのグラフより上になります」
 とおっしゃって、本当にきちんと診てくださっているのだなと驚きました。
 とても優秀でやさしい、楽しい方です。

2019/01/29追記
今日海宝直人さんのアルバム、
「I wish. I want.~NAOTO KAIHO sings Disney」
が届いて聴きました。
一応前置きしますが、わたしは一ファンという立場以外の何者でもないです。
わたしのお仕事が微妙な立ち位置なので時々誤解を招くので、念のための前置き。
一ファンのわたしの話です。
聴覚過敏の記事に書いている、スキルアップして高音域が更に得意になった歌い手さんは海宝直人さんでした。
これはわたしの聴力の問題でしかなく、それで当時お名前は伏せました。海宝直人さんは実力をどんどん上げてらっしゃるだけなのに、わたしの身体的理由で一時期彼の歌が聴けなくなってしまっていたわけです。
先日、オーチャードホールを満席にした彼のコンサートに行きました。
自分理由でしかないのだけれど少し不安を抱えて席に着いたら、歌は本当に美しく素晴らしくて、色んな意味で涙が出ました。
昨年も、
「あ、聴くことができるようになった?」
と思いながら、まだ自分に自信がなく。楽しめるのかわからないという。
その間、カウンセリングを続けたり、そしてここは素人の感覚でしかありませんが、海宝直人さんの歌も更に何か美しさを進化させていったようにも思います。
海宝直人さんの歌を初めて聴いたのは、2011年のクリスマスイブでした。震災の年です。明るい気持ちになるのはとても難しい年だった。
心を掴まれ、聴き続けた彼の歌がわたしの聴覚過敏のせいで辛くなったことは、本当に悲しいことでした。
でも、カウンセリングや様々を経て、オーチャードホールで、ただ彼の歌の美しさに涙がこぼれた。
今日アルバムを聴いて、わたしの元に帰ってきてくれた美しい歌声に、本当に幸せになれました。
聴覚過敏のわたしは、その美しい歌声を取り戻すのにはちょっとがんばらないといけなかったかもしれない。
でもちょっとがんばったらもしかしたら何か美しいことを、ひとは取り戻せる可能性もあるよ。
そんな気持ちでいま、
「So close」
を聴いています。
2011年のクリスマスイブに初めて聴いた彼の歌はこの歌で、日本語でした。
美しい歌です。
嬉しいし幸せですよ。
そのためにわたし少しがんばったの。
そんな個人的なお話でした。


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  1. 2019/01/29(火) 14:23:45|
  2. 日記

「硬い爪、切り裂く指に明日」(河出書房新社)11月1日頃発行

 小説の新刊が出ます。大切に書きました。
「僕は穴の空いた服を着て。」のときと同じく、イラストは川野さま。デザインも同じく坂野公一さま。
 とても嬉しい。
 ジャンルは一般小説になります。
 どんなジャンルでもいつも同じ気持ちで書いてます。
 生きるよということ。
 おもしろいです。わたしはいつも自己肯定上手ですが。それにしてもおもしろいです。
 あらすじはこんな感じ。

「宮城県の海のある街に暮らす平良はもうすぐ16歳の誕生日を迎える。
極端に若く見える眞宙が実の父親ではないと気づきながらも、
かたわらに在り続けることを強く望む平良。眞宙と平良の本当の関係は? 
そして左腕に残る火傷の痕に隠された真実とは──。」

 読んでやってください。
 書き終えて抜け殻になりました。
 自信作。

 少し前に全く自分のこととは別件で、
「誰一人傷つけない文章はない」
 とSNSに書きました。
 そのときこの小説は既に脱稿して発行日も決まっていました。
 これは中でも、もしかしたら多くの人を傷つけてしまうことがあり得ると思いながらその言葉を書きました。今までになく、そういう不安は大きく持っています。
 テーマは全く別ですが、舞台が2018年9月の宮城県です。
 でも震災小説ではありません。
 毎年海辺を歩いて、非日常が日常となった7年目の宮城県を舞台にしようと思いました。
 震災小説ではありませんが、切り離せないことなので震災にまつわる描写はあります。
 自分にはまだ2018年の宮城県を舞台にした物語は早いかもと悩む方がいらっしゃったら、ご自身のタイミングを選んでください。
 数年前ある震災を題材にしたエンタメ映画を観た時に自分がPTSDを起こしたので、注意喚起は必要だと思い今回はこうして書きました。
 舞台が何処なのかとは無関係に、誰かを傷つけることはこの小説に限らずあると思います。
 わたしの場合はですが、そのときは教えてほしい。
 誰かを傷つけることも覚悟して書いている場合もあります。そのときは手紙を読ませていただいて、ごめんなさいと思う。
 まれに、意図せず傷つけてしまうことがあります。たまにですがそういうお手紙をいただくことがあります。
「そんなつもりではなかった」
 という傷つけ方はしたくないです。
 そうか、そういう立場の方もそう受け取る方もいるのかと教えていただいて。
 それでわたしが変わる場合と、変わらない場合があります。
 でも、変わらなくても、傷つく方が存在するということはわたしは知っていないといけないと思うので。
 お手間をおかけしますが、この本に限らずそういう気持ちも打ち明けてくださったらありがたいです。
 小説はおもしろいです。
 本になるときそう思わないことはないです。
 よろしくお願いします。

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  1. 2018/10/15(月) 17:57:54|
  2. 告知

「色悪作家と校正者の貞節」(ディアプラス文庫)初回特典SSあり・7/10発行

大好きな楽しく書いているシリーズ「色悪作家と校正者」シリーズ第二弾、「色悪作家と校正者の貞節」7/10発売です。
第一弾は「色悪作家と校正者の不貞」発売中。
歴史校正と本のラブ。
楽しいよ!

文庫には、「色悪作家と校正者の弟」を書き下ろしています。弟光希と、森鴎外と井伏鱒二。
後書きに大事なことを書き忘れた! 正祐が光希にスッと「罪と罰」渡してますが、なんとわたしはまだ読んでない。読んだ気になってるけど読んでない。読ますに死んだらどうしよう。読むよ。

【初回特典一覧】です。
初回特典ペーパーは、書き下ろしの後日談「色悪作家と校正者の弟帰宅後です。ルビなのくらいみちみちに書いたので虫眼鏡で読んでね。こちらは森鴎外「舞姫」。「弟」で大吾が大変かっこつけてたので、実はヤキモチですという後日談です。
そして。
この初回特典SS制度ができてわたしはしばらく、わかってなかった。
こういうものに求められているのは、おまけ感だということを。
しかしまだ慣れてない。
本編に入れるべきだったー、という短編を書いてしまうことがままあります。
思い切りやっちまったぜなのが、コミコミさん特典の「色悪作家と校正者のシェイクスピア殺し」です。
コミコミさんだと、「色悪作家と校正者の弟帰宅後」も合わせて入手できるのでお願い入手してー!
渾身なの!
【店舗特典・コミコミスタジオ様で購入した方のみ】書き下ろしSS小冊子

本と一緒に生まれて来て、本当に本が大好き。
このシリーズ書いてるときすっごく楽しいです。
続けていきたいので、なにとぞよろしくお願い増す。
  1. 2018/07/05(木) 22:52:03|
  2. 告知

「震災とメディア」/「感情による認知の歪みと呪いの解き方について」

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  1. 2018/07/03(火) 19:36:21|
  2. 講義録
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